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続16 雨はやまず真白い狼と水の竜
走って、走って、その先に縋りたかった。
何も間違ってなんか無い。
だからそれを証明したかった。


「女神アユリリス。あなたの力を借りたい」
その女神につけられた枷は何よりも重い。
縛り付けた鎖が恨みで錆びているように見える。
青い髪。
金色の目がその場にいる者を突き刺す。

よかろ、と少年の声に女神は笑った。
すっと手が動く。
女神アユリリスは実体をもつ。
そこにはただ、力があった。


「……………っ!!!!!!」
最初に動いたのは人間の大人。
人の子二人を背に庇う。
少し離れて、竜の子と魔獣の子が空を舞った。

「流西!海斗っ!!」
叫んだのはどちらの少年か。
或いはどちらもか。


「来るな!逃げて!」
女神がその猛威を振るう。
枷があってなお、それは異端の力だった。
額の契約印が鈍く光る。
青い髪が燃えるように鮮やかだった。

「僕たちは、どうせこのまま追われて捕まって罰を受ける。
それならここで一緒に朽ちる」
「ねえ?十分よ。十分な手助けをしてくれた。
もし会うことがあるなら、架空に、妹に伝えて?
姉さんが認めてくれたから、私は貫き通せたの、って」

死にかけた魔獣と竜の子が笑う。
泣き叫ぶ少年二人を、ただ一人の青年が女神から遠ざけようとしていた。


激しい風が通り過ぎて、女神は依然そこに括りつけられたまま。
その手には何も無い。
ただ正面に流西と水色の竜の死骸。
少年二人と青年はその場から消えていた。

「女神、アユ、リリス…」
苦しそうな息づかいで人の姿を映して魔獣は告げる。
「一つだけこの二つの命で契約を結び、…たい」

ふぅん?と面白そうな顔で女神は蔑んでいた。
「もしも、僕と同じ顔の狼と出会うことがあった、なら―――」

両手両足が自由にならない女神は木を背にしてただ哂う。
ただ一瞬、女神はひどく不透明な顔をした。
真白い狼が死ぬ瞬間から目を逸らせなかった。

曇った空が晴れていた。
女神の目前には、二つの骸。
それはこの先も有効な契約の対価。


--- --- ---



透真が続きを言う前に、女神は去った。
その場から緊張感が消える。
金阿は凍りついた手足そのままにそこに倒れこんだ。
女神の力は感じられない。
誰もが言葉を失っていた。


「…透真?」
水流がよくわからない顔で魔獣を見る。
その顔がひどく悲しそうだった。
白い雪が溶けては消えて、消える前に積もる。

「うん。まあ、覚悟はしてたんだけどね」
それだけ呟いて、透真は遠くを見る。
草原を通り越した先、鎮芽の森を見ていた。
「確定した、なあ…しちゃったなあ…」
声が少し震える。

「おぬしは女神アユリリスと面識があったのか?」
御透がとりあえずの疑問をぶつける。
人型同士の外見はそれほど年齢差がないように見える。

「いいえ。でも、これで確定しました。
僕は会ったことがない。
けれど、どうやらあちらは僕の顔を知っている。
女神はさっきこう言った。
"…なぜ生きている?なぜ、あの屍が生き延びている?" と。
おそらく兄は、女神アユリリスに殺された―――」

きゅっきゅと露樹が雪をつかんでは握って球にしていた。
無造作に火陽に投げつける。
それぞれが、何を言おうかと考えていた。


「ならば―――あの子は…」
御透のいう、あの子が誰なのか聞かなくとも決まっている。
「別行動をしていたとは、思えない」
透真はきっぱりといった。


雪原に夜が訪れようとしている。
遠くで孤鳥族が鳴いている。


「さて。金阿君を元に戻してあげるのが先かな」
晴れやかに魔獣が言った。
その爽やかさに誰もが顔を上げる。


「戻すって…どうやってですか…」
凍る金阿に触れながら白銀が暗い声を落とす。
その声を待つか待たぬかで、透真は鳴いた。


雪原の真ん中で白き魔獣が泣いている。
一つの真実を知った狼が吠えて、女神の印は金阿の体から消え失せた。



水の竜もまた、その傍らで柔らかな雪に顔をうずめていた。
架空は妹の面影を探りながら、狼の慟哭に重ねて泣いた。


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posted by uamo27 | 19:18 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続15 雨はやまず真白い狼と水の竜
金阿であって金阿で無い生き物。
水流は、本来の姿で対峙していた。
透真の血が滴っているのが見える。
致命傷ではないようだが、それでもそれなりの傷なのだろう。

「金阿…」
どうすればいいのかわからない。
それは水流に限らず、その場にいた誰もにいえることであった。

ひゅっと風が切り抜ける。
硬い爬虫類の鱗を、いともあっさりと切り裂いた。
血が、飛ぶ。

「おい!金阿っ!!」
水流よりはるかに後方で火陽が叫ぶ。
その声は風に切られて消えた。


目が、全く違うものを見ている。
(これは、誰……?)
水流はその目の先にあるものを追いたかった。
疾風に対して、突如現れた雨雫の塊が応戦する。

風と水の踊り。
「ちょっと、もう少し離れるわよっ!」
「ここでは危険ね」
露樹と架空が後退る。
「風の力が強すぎよう…」
発したのは御透。
その身体にかけられた呪いは、力の行使を許さない。

「水流!水を霧に戻せ!目ぇくらまして逃げたほうがいい!
 この草原はまずい!」
白銀が具体策を申し出る。

声は、聴こえているはずだ。
けれど、水流は動かなかった。


「白銀。これは、金阿じゃないよね?」
水竜は、少し気弱な声で穏やかに言い放った。
「水流!どーみたって金阿じゃねぇよ!早く霧にしろ!」
火陽が怒鳴る。
水流以外、力を行使できない状況下では勝ち目もあったものではない。


「僕、は、あの時逃げたから」
「水流!あんたねえ!こんなとこで全員死にたいわけじゃないでしょ!
 逃げたほうが得策って言葉があるでしょーがっ!」

「僕はっ!あの時っ!!逃げたんだっ!!!」
金色の竜が、仲間を殺していった。
大雨が降っていた。
母上様は死んだ。父上様も死んだ。
みんな、いなくなった。


風が荒れて、切るものを探している。
草が切られては舞い、水が風を殺そうと必死だった。


「逃げる…?どこへ?どこへ帰るの?」
もう、誰もいないのに。
水竜は、自分以外どこにもいないのに。
雨が強く強く叩きつける。

「あのなあっ!俺たちがいるだろーが!まだみんな生きてんだぞ!」
「そうだね火陽。金阿も、生きてるんだよね?」

その言葉の意味がわからず、返答はなかった。
「水流…?」
白銀がその意を探ろうと問いかける。


「あれは金阿じゃない。だけど金阿は生きてる。
 じゃあ、僕たちは金阿を見捨てて逃げるの?」

「戻す力もない状態で、なにができるのよ?!
 ここでなにをしようにも無駄死にするだけでしょーがっ!」

露樹の言葉は正しい。
けれど。

「ダメな気がするんだ。ここで退いたら、取り戻せなくなる気がするんだ。
 ねえ?白銀。他の金竜はどこへ行ったの?銀竜もいない。どうして?」

言外の意味に、白銀が顔色を変える。
(金阿から外れた?違う。金阿を、外した―――?!)

「誰が、金阿を取り戻すの?」


「よく聞きなさい!あんたじゃ取り戻せない。
 ここにいる誰にも無理だから、
 ひとまず逃げましょうって言ってんのよ!」

ゴオオオオオ 風が責める。
ギリギリの線で水流はこらえていた。

「これが離反だとするなら金竜も銀竜も、金阿を殺そうとするよね?
 もちろん火竜も古代竜も。そして金阿はそれらを討とうとするでしょう」


パシャンッ
水で相殺できない力がその足を背中を切った。
「僕は、今ここで止めたい」

露樹は説得する言葉を探しながら後方へと進んでいた。


「僕は、あの日逃げたツケを金阿に支払いたい」
それは復讐という言葉ではなく、反抗という形でもない。
雨の中、仲間の悲鳴と雷が響いていた。


金阿の姿をした生き物が、じわりじわりと水流に歩み寄る。
この草原はどう足掻いても水流に味方をしないようだった。
風の力が強まり、雨が弱まる。
小さな人の姿に、何十倍もの竜が圧されていた。

傷が増えていく。
「水流くん!」
架空の叫びは加勢にはならない。
その巨体が地面に崩れる。
大きな爬虫類はついにその身を伏せた。
「もうやめろ!」
飛び出したのは火陽が先か、白銀が先か。
露樹と御透、架空は少し近づきながらも距離を保っていた。

人型をした金阿は、虚ろな目で笑っていた。
「この子は終わり。きゃらら。おーわりさよなら?」
声が、違う。
身の毛もよだつその声音に、
水流を背にした二人は精一杯の虚勢を張っていた。
「せめて、なあ。金阿に顔向けて死んでやろーじゃん」
汗が伝う。
雨の中、火陽は眉間にしわを寄せて笑いながら吐きすてる。

「よかろよかろ。終わりにしてやろ?あにやあ」
風がまとまり、金阿と白銀を、背後の水竜を狙う。


アオオオオオオォォォォォン。

次の光景に誰もが目を疑う。
(吹雪っ――――?!!!!)


アオオオオオオォォォォォン。
もう一声が響き、冷風が轟いた。
金阿は動きを止めて、風が収まっていた。
表情を変えず、その手が、足が凍っていた。

「?……?」
「よせ。女神アユリリス」
白く大きな狼は静かな声で命じた。
赤くなったはずの毛並みは、なぜか真っ白だった。
すっと人型に戻る。
金阿は目を見開いていた。

「僕を、僕の顔を知っているね?」
金阿の仮面がいびつに笑う。
「…なぜ生きている?なぜ、あの屍が生き延びている?」
それは、初めてのまともな会話。

草原には一面の雪。
不思議と露樹たちにその冷たさはない。
金阿の凍った手足だけが震えていた。
いつの間にか人型に戻り、けろりとしている水流が
目の前の会話に置き去りにされている。

架空も御透も、誰もがその会話の意味がつかめなかった。

一つわかりえたことは
透真の力によって誰も死なずに済んでいる。
それだけだった。



雨の代わりに雪が降る。
透真は、すべての観客を無視して言葉を続けた。


「あなたと契約がしたい。女神アユリリス。
 僕はそのためにあなたに会いに来たんだ」





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posted by uamo27 | 23:59 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続14 雨はやまず真白い狼と水の竜
晴れやかな草原に竜が集う。
五匹と二匹。そして魔獣が一匹。
孤鳥族の森と、五大の谷を繋ぐ中立地帯は
現在、誰の介入も許さない密閉空間となっていた。
金竜の子を座らせ、全員が輪状に座り、狼が言葉を始める。


「海斗と僕の兄、流西は共にいなくなった。
 僕は見つけられなかった。だから人間の力を借りようと思った」
「人間?どういうことだ?」
「人間って、あの時の人?」
透真は御透と水流の言葉を流しながら話を続ける。
「人間にね、とびきりすごい力を持つ友人がいてね。
 その人なら必ず探し出せると思ったんだ。
 けど、会えなかった。その国を守る女神様に追い払われてしまった。
 その女神様が、他の女神なら何か知っているかもしれないと
 他の女神の居場所を教えてくれた」
「それが女神アユリリス、ってわけ?」
「いいや。違う女神なんだ。その女神が
 アユリリスなら流西たちについて何か知っているかもしれないと
 鎮芽の森の事を教えてくれたんだ」
「それで、海斗たちのことは…?」
「さあ。女神アユリリスに会ってみないことには僕にもわからないなあ」
「って、結局何にもわかんねーじゃん!アユリリスってなんだよ!」
「万能の女神、とか異能の女神とか言われている。
 その力はどの女神よりも強い、と。それ以上のことは僕にもわからない」
「金阿を、金阿を戻すにはどうしたらいいんでしょうか」
「女神アユリリスが誰と契約して力を行使しているのか
 また、目的はなんなのかがはっきりしないことには難しいかな」

空が陰る。
見れば雲が陽を取り囲み始めていた。

「結局、女神アユリリスに会ってみないと
 何も解決しない、ということですね」
架空の柔らかい声が地に落ちる。
「会って解決すれば、いいほう、だね」
隣で狼が冷静に返す。
「鎮芽の森へ行きましょう」
架空が立ち上がる。
「そうね。どーせこのままじゃどうにもなんないんだし」
「女神アユリリスは危険だ、と知る者は釘をさす。
 とても危険なことだと僕は思う」
「でも透真。他に金阿を元に戻す手段は無いんだよね?」
「少なくとも俺たちの目的は金阿だしなあ」

雲行きが怪しい。
乾いた風には湿り気が混じり始めていた。
風がその強さを増す。
とにかく行こう、と動きだす火陽たちの背後にその声が響く。

「しろがね」

それは吹けば飛ぶようなか細い声。
けれど、確かに響いた音。
風が強く強く、草原を掻き荒らす。

「めがみあゆりりすはとても、とてもにくんでいる。
 いかないで。かよう。ちかづかないで。
 ぼくは、もういいから」

「金阿…?金阿なのか?!」
目が、確かに白銀を見ていた。
その琥珀の目をよく知っている。
「りゆうなんてないんだ。
 もくてきなんてないんだ。
 ただ、にくんでいる。とてもつよく」
「金阿…どういうことだ?」

風が強くて白銀は金阿に近づけない。

アオオオオオオォォォォォン。
吠えたのは狼。
雨が、降り出していた。
金阿を取り巻いている雪が砕け散っていることに、白銀は気づく。
暴風雨の中、互いが互いの名を呼び、確認する。

「きゃらきゃら。この子は返さん。返さんよーう?」
金阿の声で金阿で無いもの。
その顔が違う様相を見せ、琥珀の目が笑っていた。
「女神、アユリリス?」
白銀の問いに、金阿であって金阿でないものは答えなかった。
首の文様が浮き上がる。

「目え開けてらんねえ!」
「なんなのよこの風!」

「透真さん!」
架空の叫びで見れば、巨大な狼は血を流していた。
アオオオオオオォォォォォン。
「本来中立地帯であるこの空間で、いかにして力を行使するか」
御透の問いに誰も答えられない。

風に、雪が舞っていた。

金阿の姿で女神は狼に対峙していた。

「あにやあ。さよなら?」
あははは、と声が雪と共に舞う。
見えない風が狼を切り遊ぶ。
「透真さん!」
架空が、ついに横たわった狼の名を呼ぶ。


アアアアアアアァアァァアアアアアアオン。


水の怒り。
その声と共に、雲が稲光で割れる。
戦場となった草原は、なにもかもを巻き込んで風と雨が渦巻いていた。


「金阿ああああああ!」



「なあ、俺、元の姿に戻れねーんだけど」
「私も戻れないわよ」
「俺も無理だ」
人の姿のまま女神の力をふるう金竜と
水竜がぶつかり合う。
その光景を前に、火陽たちは所在なく立っていた。


―――金阿。僕は君に会いたかった。

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posted by uamo27 | 22:19 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続13 雨はやまず真白い狼と水の竜
鎮芽の森手前の草原は、一面に靄がかかっていた。
少し離れれば相手が見えない。
知らない間に全身が濡れていくのを感じていた。

「冗談じゃねーっつうの」
大声をあげながら、最後尾を歩くのは火竜の子、火陽。
火に親しむ竜には細かな雫が辛い。
「常にこんな状態なの?」
露樹と呼ばれる少女が、前を歩く竜にきく。
「そうだな。どの方位からも見えにくいとはきいている」
とびぬけて年上の竜が答えた。


ぴくり、と反応は無言の白銀。
御透が事を把握する前に、若き銀竜は本来の姿で吠えていた。
「白銀?!」
靄の中に大きな影。
それでも少し離れればその姿を捉えることは難しいだろう。

「アオオオォォォォン」

「ちょっと白銀?どうしたっていうのよ!」
「おい!なんだってんだ!」
銀竜は遠ざかり、その影は白にまぎれる。
「ちょっと!はぐれたらわかんなくなるわよ!」
「金竜の子がいる」
答えたのは御透だった。
「金竜?」
その娘が繰り返す。
「金阿?」
「どこに金阿がいるってんだよ」

濃い霧か靄か。
草原はどこにもひらけていない。
少し離れたところで銀竜の声がしていた。
ふいに、細かな水滴に混じり血の味が混じる。

「白銀!」
声のほうに火陽たちも寄っていく。
「てゆーか、なんで元の姿に戻れねーんだよ!」
「わかんないわよ。なんか力が上手く出せない!」
「鎮芽の森の影響だろう。銀竜の子が戻れたこと自体が脅威なことだ」
「父上も戻れないの?」
「我らは狭奥谷を出ては使えん。
 それが彼の来訪者に近いとあらばなおのこと」
「ほんと、冗談じゃねーっつーの!」

銀竜の唸り声に混じり、金竜の声が混じる。
「あまり近づくな!」
御透の声が火陽の動きを止めた。
頭上に大きな影が現れる。
成長過程で小さい竜だとはいっても、人型では比較にならない。
猫と虎ほども違う大きさに、火陽は後退る。
赤い液体が血を濡らしていた。
靄が体温を奪い、寒さが自由を奪う。

銀竜と金竜は一対一で面していた。
とはわかるものの、火陽たちには金阿の姿がはっきりと見えない。
銀竜と同じサイズの影があるような気がする程度にしか把握できない。

「金阿あ!聞こえてんのか!おまえ、なにやってんだよ!」
火陽がありったけの声で叫ぶ。
吠えたのは銀竜か金竜か。
がつっ、とぶつかる音が幾度か続いては声が上がる。

「もっと離れたほうがいいかもしれんな」
「白銀じゃ金阿には勝てねぇよ…」
「でも、いっつも白銀が勝ってたじゃない」
「じゃれあいと殺し合いは違うだろ」
「なれど、我らでは抗えぬ」
「離れましょう!」
言い切ったのは架空だった。
「火陽くん!」
「うるっせぇ!」
「今の私たちでは白銀くんに踏まれただけでも死ぬのよ」
「それは笑えないわ…火陽。どうにもこうにもできないんだから一回離れましょ」

風が、唸っていた。
金竜の子は風に親しむ。
しかし、靄は晴れなかった。
風が吹いても乾かない水。

「銀竜の子はいかづちを操るというが
 我らがいて水が充満していては力を使えまい。
 まして、鎮芽の森がどれほど影響を与えているか…」

一段と強さを増し、風が声を連れて行く。
前後左右確認できない、靄の草原は嵐だった。
音のするほうから少しずつ遠ざかる。
何度も振り返る火陽を露樹は引っ張っていた。

次第に銀竜の声が弱くなる。
火陽が足を止めた。

「火陽!こんな時にふざけてないで…」
「何やってんだよ」
「金阿はもう何もきいちゃいないわ」
「違うっ!俺たち何やってんだ?露樹」
「火陽?」
「はっきりさせるために来たんだろ。
 なんで後ろ向きに走ってんの?白銀置いてさぁ」
その顔は今にも泣き出しそうだった。
「仕方ないじゃないっ!私たちには何もできないんだから」
「白銀に何ができんの?」
「戻れない以上、戦うことも面することもできない!」
「白銀、威嚇してなんで離れた?」
「火陽?」
「俺たち、力に、差はそんなにないよな?
 白銀だけ戻れたからって、いつも通りとは限らないよな?」
その言葉の意味は。
「何もできなくても白銀のとこに戻る。
 白銀は金阿に向かい合ってる。俺たちは?」
「足手まといになるだけ、だわ」
「白銀に金阿は殺せない。金阿が本気で白銀を殺しにかかってるとしたら?
 足手まといでもいい。俺はここで後ろ向きに走るくらいなら白銀の傍で死ぬ」
「火陽!」
走り出した赤髪の少年を露樹はつかめなかった。
「ったく。みんな本当にバカなんだから。白銀だってそうよ。
 全員で逃げればいいのよ。力が使えるところまで。
 今ここで対峙しなきゃならないなんてバカでくだらない幻想なのに」
自分の恋人はどうも先を急ぎすぎる。
「架空さん、御透さん。バカに付き合って私も行くわ。
 見殺しにしたとか言われても後味悪いしね。二人は逃げて」
少女もまた走り出す。
靄の中に、それぞれの竜の子供。
「父上。鎮芽の森の手前に急ぎましょう」
「そうだな」
二匹の透竜は離れた場所で草原を突っ切る。


火陽が声のほうに駆けつけると、白銀は予想に反して人型になっていた。
「白銀!」
服は破け、傷を負っている。
「どうやら、金阿に都合よく力が働いているらしい」
「草原って普通中立地帯で力はご法度じゃねえの…?」
「金阿にだけ有利な草原か。笑うしかないわね」
白銀の傷はひどいものではないが、元の姿には戻れなくなっていた。
靄の中、黒い影が揺らめく。
「踏まれただけで死ねるわよ…」
「冗談であって欲しいよな…」
「どうするべきだと思う?」

「決まってる。逃げるしかないわ!」
声は透竜のもの。
「架空さん!御透さん!逃げてっていったのに!
 正直あんたたちがきてもどうにもなんないわよ!」
「どうやら、この草原に閉じこめられているようでな」
「どこをどう走っても、金竜のところへ出るみたいなの…」

「逃げ場がない。靄は隠れるどころか金阿に有利。やんなっちゃうね」
火陽の言葉に怒ったように、金竜が声をあげる。
「前から思ってたんだけどさ。金阿と白銀の唸り声って
 区別、つかないわよねえええええええぇぇぇぇ!」
その距離に、一同一斉に走り出す。
人の足では限界があるが、他にどうしようもない。
(せめて、草原でなく森だったなら――)
架空の思いも空しく、草しかない。
「金阿、に、有利とはいえ、
 金阿も視界に、不自由してるのは救い、ね…」
息が切れながら走る。
どれだけ走り続けただろう。
金阿の声がやんだ。

「どこかに、行った、とか?」
立ち止まってめいめいに呼吸を繰り返す。
人の身は辛い。

「違う!」
御透が声を上げ、火陽が振り返ったとき
背後の巨大な影は襲い掛かっていた。
間一髪で影をよける。
その大きさに頭上はるか高くの顔は見えない。

「やべぇ…」
「まずいわよこれは」
「まずいですね」
「まずいな…」

影が火陽に襲いくる。
(っつーか、真っ向じゃ避けられねーって!)
火陽は目を開けていた。
(金阿。最後まで見ててやろーじゃん?おまえが何してんのかをさ)

「火陽!」
「火陽くん!」


アアアアアアアァアァァアアアアアアオン。


その声の振動に、大地が揺れたような気がする。
金阿は、火陽を襲えなかった。

竜の金阿と人型の火陽。
その間に、立ちはだかっていたのは。

水の、竜。

(そういえばいつから、こいつ、いなかったっけ)
火陽の頭に呑気なことが浮かぶ。

金の竜が襲う。
風が、切り裂くようにうねる。
「水流!」
叫んだのは昔馴染みたち。
風は、水流に襲い掛かっては吸い込まれるように消えていった。
水の竜の体がふわりと揺らいでは元に戻る。

アアアアアアアァアァァアアアアアアオン。

水流がもう一度吠える。
火陽も露樹も、これには古くに生きる御透ですら目を疑った。

草原の靄がきれいに晴れる。
そこには緑色の草原が出現していた。
はるか遠くに見知らぬ森が見える。
空は青く、澄んでいた。

「嘘、でしょ…」
いきなり顕になった視界に驚きを隠せない。

金竜がうなり、風が巻き起こる。
草原がざざざざと激しい音をたてた。
が。
水竜に触れた風はおとなしく収まりをつける。

金竜は諦めたのか、直接襲い掛かる。
水竜が一声あげると、露に濡れたものたちが呼応し
雫という雫を巻き上げる。
巨大な水の塊が出現しては、金竜をすっぽりと覆った。

地面も草も、何もかもが気持ちよく乾き、湿気という湿気が消えていた。

全身をすっぽりと水の塊に覆われた金竜はもがく。
巨大な水の球の中で金竜がでんぐり返しを繰り返していた。
次第にその球ごと縮み始める。

水流がもう一声あげると、そこには人型になった少年がいた。
ずぶ濡れの状態で、金の髪から水がとめどなく滴る。


誰が何を言えばいいのかわからずに沈黙していた。


「風は水を乾かすが、
 これほど密閉されて水がある状態では水竜に有利、なのはわかるが…」

普段おとなしい性格である水竜の、
力を行使する場面などそうそうお目にかかれない。
五大の谷の竜の中で、水竜が最強とうたわれることも知っていた。
しかし、あまりに圧倒的なそれは。

「水流?」

火陽が依然竜の姿のままである友を呼ぶ。
「だから、水竜は不意打ちでなければ負けないって言ったでしょう?」
背後から割り込んだ思いもかけない声に、誰もが振り返った。

「雪狼…」
「透真さん!」
「透真!」

「おや。久しぶりな面々もおそろいで」
一見人にしか見えない狼は、
飄々と言い放って、ずかずかと火陽の横をすり抜ける。

「水流。力が抜けるかい?」
水竜のすぐ傍まで来て尋ねる。
ううう、と唸ったまま水竜の子は遠方に見える森を見据えていた。

「まあ、これだけ女神の干渉が強ければ
 金竜を取り戻せただけでも十分だねぇ。
 ま、金阿を取り戻したと呼べるかどうかは怪しいけどねえ?」

表情を変えず、ぽたぽたと水にまみれ立つだけの少年を見る。

「どうやら孤鳥族も見てるねぇ」
そう呟くとするりと白い狼に変化する。
その大きさは水流よりも大きい。

「中立地帯だからねえ。本当はフェアじゃないんだろうけど。
 これだけ干渉して今更フェアも何もないよねえ?」

アオオオオオオォォォォォン。

一声吠える。
それは竜のものとは質が全く異なった音質だった。
どこまでも透き通り、響き渡る軽やかな声に
心地良くも空気が変化する感触だった。

するりと水流が人の形に変化する。
ぺたりと乾いた地に座り込んだ水の少年は肩で息をしていた。

「雪狼の力か」
「いいえ。これは僕の力というほうが近いでしょうね。
 お久しぶりです御透殿。それに、架空も。僕はこの姿のまま失礼
 水流は元の姿でいるより人型のほうでいるほうが楽なようになったはずだけど」

「水流!」
「か、よう?僕、ちゃんとできた?」
「…何言ってんだよお前。すげーって!」
頭を撫でてやる。

「金阿…」
そっと近づく。
「白銀君でいいかな?まだ近づかないで。
 それは君の友達と呼ぶより、異世界のものと呼ぶほうが近い」
「やっぱり、金阿はなにかされてるんですか?」
「その説明をする前に、何がどうなってここに御透殿と架空がいるのか
 ついでに君たちがそろいもそろって、ここにいるのか教えてもらえないかな。
 僕がここで約束をしていたのは水流だけのはずなんだけど?」
その楽しそうな声に若干気が抜ける。
金阿の周りに水滴はなかったが。冷ややかな線が雁字搦めにしていた。
それが細い氷のような物でできていると、白銀が気づくには時間がかかった。

「雪、狼…」

細い雪が、水の代わりに拘束していた。


---


乾いた地面に金竜を除く全員が座り込んでいた。
金竜との追いかけっこで、ぐったりと疲れている。

「なるほどねぇ。数奇な縁だね」
水流は火陽の膝枕で寝ていた。
草原には爽やかな風が吹き、寒さも暑さもなく心地良い。

「透真。ぬしの兄の行き先に心当たりはないのか」
「海斗はどこへ行ってしまったの…?」
「ねえ。女神アユリリスってなんなの?」

露樹の声に金阿が奇声を発する。
狼は、ちろりと横目でそれを見てから少し間をおいて、静かに語りだした。


孤鳥族が、その声を聞こうと草原の周りに集まっていたが
一匹たりとも草原に入り込めず、その声を耳にすることもかなわなかった。
雪狼の中でも異名を得る狼はその介入を許さずにいた。


---


弟を引き合わせたことは互いにないが
人間は親友を
魔獣は竜を引き合わせた。
竜と魔獣の恋を、人間の少年二人は祝福した。

圧迫された日々にまみれた少年たちだったからこそ
なにか常識という箍が外れていたのかもしれない。
或いは、変わり者の弟が原因かもしれない。

それは不明だったが、
少年二人と魔獣とその恋人の竜はよく会っていた。

事が露見し、事態が悪いほうへ悪いほうへと動き出す中
雪狼の相談相手は、誰よりも近い場所にいた弟ではなく
誰よりも近いと感じた人間の少年たちにだった。


「もう、どこにも逃げられないと思う」
「このまま、どこにいけると思う?魔獣も竜も私たちを追いかけている」

今にも心中しそうなほど追い詰められた二人に
少年どちらからともなく提案がなされた。

「女神。女神ならなんとかできるんじゃないか」

それは過ぎ去りし嵐の中での密談。






「想いを踏みにじられ、潰され、何も残らず、
 自身を残す事さえ許されなかった愛欲しがった者に
 他者の愛に祝福をというのは無理な話」

そしてそれはその子の罪だろうか。
そんなことは決してない。
実体を持つ女神は、そう断言する。


最初に想いを踏みにじったの誰だ。
最初に針金曲げたのは誰だ。
行き場をなくした魔獣と竜の想いの行方は。


「あにやあ?要らないものは壊せ。
 だから私は要らない。ならば全てを壊せ?
 私は要らない。だから何もかも要らない?
 要らんよ要らん要らん要らんよーう?」

誰もが受け取りを拒否した甲高い声が宙に浮く。
初めからそんなものは無かったかのように。
誰にも相手をされない女神は、やがてその存在を自身で疑う。

「私は居ないここには居ない居ないならばこれはなんだあ?
 私は居ない。私は要らない。ならば、全て居ない」


全て、要らないから、壊せ。




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posted by uamo27 | 17:41 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続12 雨はやまず真白い狼と水の竜 (と下部に漢字の読み方)
昔からおかしなことを言う弟は
仲間内からも一線を引かれていた。

「ねえ。あにうえ。
 人間ってどんななのかな。
 竜って僕たちよりも牙が長いんだよね」

過ぎた好奇心に釘をさす兄。
歳は同じだが、弟の成長速度は随分と遅かった。

---

森は梟が占拠し、夜の生き物が蠢き静かに支配していた。
月は近く明るい。
しかし光が地に届くには、木が生い茂り過ぎている。
ちちち、と何かが鳴く。

兄は寝ついた弟の横を通り、駆ける。
自分たちが王のように君臨する森といえど、数には勝てない。
小さな子供が自分たちよりもはるかに小さな獣に食われることも多かった。
そしてそれらが均衡をつくりだし、森は循環する。

その森を抜け草原に出る。
ある一定の大きさを持つ全ての生き物がここでは争いを持たず
草原にはいつも爽やかな風が吹いている。
人が生きる場所と繋がる草原を狼は歩いた。


月明かりが眩しいほど照らし、夜露が舞う。
雨が続いたせいか地面はぬめっているが、その感触が狼の足に気持ちよい。

狼は草原が好きだった。
ふっと匂いに気づく。
視線をやればそこには自分とは異なる生き物がいた。

人間の匂いがする少年は
少し離れたところからじっと見ていた。

そのまま風が吹き、時間を過ごす。
幾分か経って、少年は唐突に声を出した。

「あの」

幼い魔獣の狼と、明らかに幼い人間の少年。
魔獣は人を見たことがなかった。
その生き物自体を口伝以外で知らない。

「なにか…?」

大型犬よりははるかに大きいが
成獣よりは随分と小さな狼。
その前足一本が少年の足と同じくらいの狼は応える。

「雪狼族…?」
「そう、だけど」
「初めて見た」
そういうと少年は距離を保ったまま笑った。
「弟がいたら喜ぶのになあ」
弟、という言葉に反応する。
「弟?」
「そう、弟」
「喜ぶ?」
「変わったことが大好きなんだ。
 だから魔獣に会うのも多分喜ぶ」

狼が人型になった理由は明らかだった。
親近感か、共感か。

変わり者とされる弟の声が回る。
―――人間ってどんななのかな。

「わあ!本当に人型になれるんだな!」
少年の金の髪が月光に透ける。
「ここで、何をしているの?」
「それはお互い様だな」
柔らかい言葉遣いの魔獣に対して
人の子は若干強みがあった。
「おまえは何してんの?」
「…月光浴、かな……」
「俺も似たもんだな」

草以外何もない草原に二つの影。
気がつけば、一匹と一人は隣同士に座り月を仰いでいた。
そよそよと風が流れては、草がしゃららと音を立てる。

「僕の弟も喜んだだろうなあ」
目は月を見たまま呟いた。
「おまえも弟がいるのか?」
「少し変わっててね。人や竜が気になる弟がいるよ」
「あはは。俺の弟も相当変り種だ。可哀相に嫌われてるけどな」

弟談義かそれは一種の惚気か。
弟がどうだ、周りがどうだ。
人っていうのは、雪狼っていうのは。
会話に花が咲いては、時間が経つ。
話に区切りがつき、互いに黙り夜が更ける。

「ここに逃げてくるんだ」
人と同じ姿をした狼が人の子を見る。
「逃げる?追われているの?」
「いいや。囚われているって言ったほうが正しいかな。
 俺は公然の囚人みたいなもんでな」
「嫌なら出ればいいじゃない」
「できないんだ」
「どうして?」
「弟の味方は少ないから」
「弟も囚人なの?」
「俺がいなくなれば代わり、だな」

あーあ、といいながら人間の少年は寝転ぶ。
ぬめった地などお構い無しに。
「普段はこんなんじゃないんだよ俺は。
 猫かぶって、おとなしくていい子やってるんだ。
 弟の前でだけ俺は俺でいられる」

雲が風で流れる。

「僕も似たようなもんだなあ。
 弟はおかしいことをいうって言われているけどね。
 僕は実は弟が正しいんじゃないかって思ってる。
 だけど、仲間にそんなことは言えない。立場的にもね。
 弟が真っ直ぐ僕を見るから、時々何もかもから逃げたくなるんだ。
 弟からもね。難しいけど可愛いっていう感情とは別でね」
「わかるな、それ」

月が遠ざかり始めていた。
自分とは異なる生き物。
警戒するべき相手は、中立地帯で隣に寝転んでいる。
奇妙な宴に別れが来る。

「なあ。また来るか?」
「多分ね。ここは僕のお気に入りだから」
「次は友達連れてくるよ。俺の貴重な親友」
「僕、魔獣だよ」
「あはは。俺たちを勝手に自分の尺度でくくりつけて足蹴にして
 勝手に誤解して勝手にくってかかるやつらより 
 俺はおまえみたいな魔獣のほうが好きだな」
「それでいいのかな?」
双方の笑顔が物語る。
奇縁はつながり、次へと続く。

「弟も連れてくる?」
「いや。あいつは連れ出せない。外に出られないんだ」
「僕も無理なんだ。両親がいつも傍にいるから」

そうして約束を交わし、雪狼と人は幾たび再会を果たす。
過ぎた好奇心は、弟か兄か。
人の住む領域と雪狼族の森を繋げる草原で少年たちは会っていた。




(こういう出会いばっかりだ。僕は)
少年といつも会う草原とは違う草原で、また異なる生き物と会ってしまった。
竜の少女と共に行くために、兄は弟を残して森を突っ切る。

(透真。誰がおまえを笑っても僕はおまえの おかしさ が正しいと思う。
 だれが透真を否定しても、僕のこの行為が肯定になればいい)

流西はただ祈る。
残してきた弟の幸せを。
透竜の少女と繋ぐ手の行く先は。

少年二人と大人一人。
彼らを待ち受け、その手を貸す。
空に暗雲がたちこめ、稲光のもとで竜と魔獣と人と。
彼らは異端の女神を仰いだ。


雨が、全てを無かったことのようにと世界を洗い続けていた。


---


鎮芽の森手前の草原まであと少し、という地点で彼らは合流した。
父上、と声を上げたのは架空。
架空、と娘を呼んだのは御透。
火陽が水流の無事を喜び、水流は白銀に驚く。
露樹だけが、何の感慨もなく先を急ごうと切り出した。

話しながらその足を進める。

「雪狼族の透真が二人の行き先を知らないとは」
「父上。女神アユリリスとはいったい何ものなの」
他の竜は聞き耳を立てたまま、二人の歩調に合わせて早歩きをしていた。
どん、と水流がぶつかる。
御透が立ち止まっていた。

「父上?」
「その名は呼ぶものではない」
「金阿とその女神が関係してるんじゃないかって透真が言ってたんだ」
「女神アユリリスって来訪者、って呼ばれてるやつでしょ?」
「その昔、透空海と戦い呪いをかけた…」
「白銀!」
透竜二匹を汲んでか、水流が非難の声を上げた。
「水流。白銀は事実を言ってるだけだ」
「でも!」
「うるっさいわねえ!で?なんなのその女神様は」

日は高かったが、彼らは足を止め木陰に入った。
草原の手前のせいもあってか木が多い。
もいだ木の実を食しながら、火陽たちは御透を見ていた。
その顔つきは険しい。

「父上…」
「詳しくはわからぬ」
口調の変化がその話の重大さを物語っていた。
「ただ、突然この世界ミズタマリに現れた女神。
 その力は凄まじく世界を歪めかねんものだったと聞く」
「いつの話なんだ?それ」
「随分と昔だ。四代か五代前の話とされているが
 正直わからぬ。我ら当事者の一族よりも火鳴のほうが詳しい話だ」
「火鳴様が?どうして?」
「鎮芽の森は五大の谷のほうが近い。
 狭奥谷に落とされて何代か経てば外界のことには疎くなる」
「それで、女神アユリリスとは?」
「かつて他の女神や主神どもに聞いたことがあるが、その応えはあらぬ。
 一つ言えることは彼の女神は契約をしておらぬのではないかと」
「つまり、約束事無しで力を使う?」
「孤鳥族が契約者じゃねーのか?孤鳥の森なんだろ?」
「あり得ぬ。鎮芽の森は孤鳥族の森に唐突にできた結界の呼称だ。
 来訪者に突然その縄張りを取られ、孤鳥が攻撃にかかろうとしたとも聞く」
「で、しなかったの?」
「我らが先に仕掛け、倒されるのを見て
 孤鳥はやむなくとどまったというところであろう。
 我らとて先の我らに対する攻撃がなければ攻撃はなかった。
 彼の女神は突然現れ、その時に我らの領域と孤鳥の領域を奪ったのだ」
「なんで突然?」
「わからぬ。だが、その後女神はその地を動かず、厳重な虹の結界に阻まれている。
 彼の女神がなにゆえそこにとどまり、その結界を成すのか理由は知られぬ。
 鎮芽の森には生半では入れん。
 おそらく透真は、その手前で水竜の子とおちあうつもりだったのであろう」
「結局、何もわからないということですか?」
「っつーか、なんだよそりゃ。何がしたいんだその女神様は」
「目的がわかんないわね」
「彼の女神は力を使わぬ、と他の女神から聞いたことがあったが…。
 金竜の子が干渉を受けるということもあるまい」
「ですが、金阿の行動はおかしい。目的がわからないのです」

日が傾く。白銀は俯いていた。

「透真さんはなぜ、その女神のことを持ち出したのかしら…」

浮かぶのは妹の顔。
自分によく似た妹は、よく間違えられた。

「海斗…」
「案外、人の子がいればもう少しわかるやも知れぬがな」
「人間?どうしてですか?」
聞いたのは水流。
「他の国では無理かも知れぬが、魔法を使う人の子であれば」
「だから、なんで人間?」
「魔獣と竜の領域なら人間は関係ないじゃない」
「魔法を使う人間を集めた国があろう。あの国には古き女神が常在している。
 その女神ならばあるいは事情を知りうるやもしれん」
「常在って、契約したら普通女神は消えるもんでしょ?
 それで何かあれば呼び出して、虹の障壁の補修してもらったりするんでしょ?」
「その古き女神は実体を持ち、この世界に長く留まっていると聞く」
「って、女神女神って。わけわかんねー話ばっかりだな!」
「実際、女神や主神は異世界の生き物、と呼んでいいかも
 わからないようなモノだからな」
白銀の言葉に火陽は考えることを放棄する。
 
「透真は、その女神について何か知ってるんじゃないかしら」
「水流?」
全員が一斉に水流をのぞく。
「助けられたときに、僕は人間と会った」
「は?」
「どこかの国の皇子だって言ってたような。
 金色の髪で青い目をした人。透真と親しいみたいだった」
「やっぱり、透真ってやつに会わないとなんにもわかんないわけね」
「そういうことですね…父上。父上も透真さんに会うつもりなの?」
「…会わずにいることはできまい」
「透真さんは何も悪くないわ!何かあれば雪狼雪狼雪狼雪狼って。
 何一つ透真さんのせいじゃないのに!
 流西さんが悪者だって言うなら海斗だって極悪人よ!」
「架空落ち着きなさい」
立ち上がる娘を父は抑える。
「海斗を捜さねばならん。あれも私の子だ」
「それで見つけ出して罰するの?」
語調は柔らかい声に合わず荒い。
「……雪狼の出方次第だ」
「流西さんも透真さんも何も悪いことなんてしてないわ」
「海斗の口から幸せだときければ、追放してやろうと思う」
「…父上?」
「あの薄暗い谷には戻るな、と」
その意味深い言葉に、すとんと娘が座る。

「とにかく透真と合流するのが先ってことだな」
「どちらにせよはっきりさせるには鎮芽の森へ出向くのが一番のようだ」

道は定まった。
黒い鳥が空を飛びまわる。
空が赤くなっていた。



---


助けて欲しい。
誰か悪い夢だと。
抗いは空しく、攻撃は打ちのめす。
友の顔が浮かんでは消える。


「あにやあ?まだ保つかいなあ?
 やめれやめれやめれ。勝てんよ。私には勝てん?」

きゃらきゃらと甲高い声が突き刺す。
あにやあ、という言葉と、語尾をあげるのが癖のようだった。
「わーすれーたほうがいーい?あにやあ?」
まともな会話はのぞめないような調子に、気分が悪い。
ふっと、突然その色を戻して声がずんと低くなる。

「保つのは無駄。要らないものは壊せ。
 だから私は要らない。ならばすべて壊せ。
 私は要らない。ならここも、要らない」

あーはははは、と甲高い声がまた響く。


誰か悪い夢だと言って欲しい。
両親をこの手にかけたことも、なにもかも。
そして竜の子は目を覚ます。
夢の甲高い女のことなど忘れて、自分を忘れて。


「あにやあ?保てんよ。こーの力の前にはなにも形を留めない?
 あははは。動け壊せ葬り去れば、あははは。おまえもまた私が壊してしまう?」


その甲高い声は誰にも届かない。
届けても受け取ってもらえない。





「真っ直ぐな針金を一度折り曲げて元に戻しても
 もはや真っ直ぐには戻らず。
 真っ直ぐであれば収まり害のない針金も、
 曲げれば突き出て害すこともあろうに。愚かな」


実体を持つ女神がその姿を見守る。
異世界の干渉がこの世界を確実に歪めていく。

「歪められて生じたものに、歪められて生じたものをぶつけたら
 さらに歪むと思うか?」

人の子の問いに、留まる女神は答えを持たない。

「そもそも。歪めることに、本当に罪があっただろうか」


その問いの答えを、
人の子も竜の子も魔獣の子も待っていた。
降り続けている雨が止むのを待ち続けるように。


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posted by uamo27 | 00:31 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続11 雨はやまず真白い狼と水の竜(過去編)


はじめは人型をとっていた魔獣は本来の姿へと戻る。
白い耳だけが灰色の髪からぴょこんと出ていた青年は
巨大な狼に変化する。
少女は少し離れたところから一部始終を見ていた。

白い毛に赤の斑。
一部はぱりぱりに乾き、一部はまだ滴っていた。
息を切らしながら寝そべる狼に、竜である少女は近づく。

「どうして怪我してるの?」
爽やかな風に少女の声が揺れる。
狼は答えない。

人型の手が、白い毛に触れる。
柔らかさに、つい両手を突っ込んでしまった。

「そうそう魔獣に近づくものではないよ。お嬢さん?」
獣は動かぬまま静かに返す。
「海斗。私は透竜の海斗というの。あなたはなんていう名前?」
「早く戻ったほうがいいよ」

その声はひどく平坦だった。
海斗は両手を突っ込み撫で続ける。
空腹さも手伝ってか、そのまま海斗も座りこむ。

「私ねえ。姉さんと花を見ようって巣をとびだしたの。
 本当はこんなに遠くまできちゃいけないの。迷うから。
 でも、しきたりとか風習とかいってほとんど巣から出れない。
 花って他の竜が持ち込んだもの以外見たことがないのよ?
 姉さんも私も五大の谷へ行きたいの。
 古い言い伝えの場所にね。でも、羽がないから飛べない。
 力もろくに使えない。だから歩いて虹の野原にいこう、って
 姉さんと巣を出た。でも、はぐれちゃったんだよね。
 で、迷っちゃった。あー…お腹すいたなあ……」

完全に身体を狼にあずける。
海斗は疲れていた。
そよ風と淡い月光。
少女は完全に意識を手放してしまった。

警戒心もへったくれもない少女の重みを感じながら
白い狼は傷が癒えるのを待っていた。


--- --- ---


「私は結局その時、虹の野原にはたどり着けなかったんです。
 見つかり、連れ戻されてしまった。
 妹は、海斗は一週間以上帰ってこなかった。
 大人たちがどれだけ捜してもどこにもいなかった…」
「真っ先に虹の野原を捜しに行けばいいんじゃねーのか?」
「虹の野原は、その正確な位置を知られていない。
 女神の気まぐれでつくられた楽園、それが虹の野原です。
 ただ、どの谷からも、どの森ともつながっている。
 そう言われています」
「で?妹さん、海斗さんは戻ってきたんでしょ?」
「十日ほど経って、戻ってきました。
 水以外口にしていないせいかだいぶやつれていました。
 どこにいて、どうやって戻ってきたのか。海斗は誰にも話さなかった」
「虹の野原にいたんだろ?」
「……私が、本当のことを知ったのは随分後になってでした」
「さっぱりわかんない!どういうことなの?」
「そのことがあってから、海斗は私と出かけると言って
 いなくなることが多々ありました。
 私もどこへいったのかは知らないし、
 周囲には一緒にいることにしていました」
「どこに行ってたんですか?」

「虹の野原で、定期的に魔獣と会っていた。
 その事実を知ったのは、本当に随分後になってからだった…」


--- --- --- 


少女の手が触れる。
傷はだいぶ癒えていた。

「森へ戻るかなあ」

白い狼が立ち上がる。
少女はじっと見ていた。
この十日間、少女なりの精一杯で看護らしきことをしてくれた。
穏やかな狼は静かな声で言った。

「君を、巣まで連れ帰ってあげよう」
「でも、魔獣は狭奥谷へは…」
「足の速さなら弟に負けるんだけどね。
 逃げ方だけは弟に勝るよ」
「でも…」
「戻らないと空腹で死んでしまうよ。
 水の属性と言えど、水だけでは生きれない」
「でも……」
「きっとお姉さん…架空さんも心配してるよ」
「でも…きっと怒られちゃう」
手を握り締めて俯く少女を見て一瞬狼は目を丸くして声をあげて笑った。

「そうか。それが問題かぁ。大変な問題だなぁ。
 でも、叱ってくれる誰かがいるならなおさら戻ったほうがいい」
「でもね。父上も母上も怖いんだけど、架空はもっと怖いんだから!」
本気で言う水色の竜に、腹がよじれるほど笑って見せる。
「ほら。乗って。君は帰るべきだ。僕はそう思うよ」


駆ける。
その難解な道を駆ける。

「ねえ。一つ教えて?
 虹の野原までの道を覚えているの?」
風が耳をかすめていく。
巣の周辺まで来て、狼は足を止めて少女を降ろした。

少女が狼を見上げる。
「私、魔獣ってもっと怖いものだと思ってたわ」
「怖い生き物だよ。自分と違う生き物っていうのはね、怖いことだよ」
「変なの!あなたが言っても説得力がないわ!
 あなたより姉さんのほうがよっぽど怖いもの!」
狼は目を細める。
「お嬢さん。好奇心はほどほどにしたほうがいい。
 僕がもっと獰猛だったら君はここに帰れなかったんだから」
「魔獣はいいなあ。硬い鱗じゃなくてこんなに柔らかいんだもの」
名残惜しそうに、両手を突っ込む。

「虹の野原に行くコツはね。
 その時できている影とは反対のほうへ反対のほうへと進むこと。
 時間が経って、影の位置が変わって今来た道を戻ることになってもだ。
 行きつ戻りつして、初めてたどり着ける場所もあるってことだね」
「そうしたら、いつでもあそこに行ける?」
「運がよければね」
「ねえ。魔獣さん。私はこれからあそこを秘密基地にすることにするわ。
 あなたのことは誰にも言わない」
「そうしてもらえるとありがたいなぁ」
「また、会える?」
返答はない。
狼は静かに前足を少女に寄せた。
少女はよしっと意気込むと勢いよく狼から離れた。
そしてありがとう、と言ってから早足で歩き始める。

「流西(るせい)。雪狼族の流西と言うんだ。海斗さん」

ふっと海斗が振り返るとそこに狼の姿はなかった。


--- --- ---

「最初は興味本位で、流西さんはまた虹の野原に行ってみた。
 何度か行くうちに海斗と再会し、
 次の約束をして別れるようになるまで
 そんなに時間はかからなかったそうです。
 何年も経ってから打ち明けられて、私もまた虹の野原まで行った。
 そこには白い狼が二匹いた」
「二匹?」
「そう。雪狼族の流西と透真。雪狼の中でも特殊と言われる兄弟」

「ってーと、透真が捜してるって言った兄貴がその狼だってことか」
「それで?追われてるのと何の関係があるの?」

架空は、露樹の質問に即座には答えず目を伏せた。
その人型になった歯がぎちぎちと音を立てていた。

--- --- ---

「如何なる理由があっても、異種族間の恋愛は禁忌だ。
 それは古より定められたこと。覆す術はない」
御透が強い口調で告げる。

「それは確かに、言われます。でも、そんなそこまで…」
若き水竜の子供はその御透の強い言葉に、少し怯んだ。

「五大の谷はともかく、狭奥谷…透空海の中で古のしきたりは絶対だ。
 薄暗い地下で、閉ざされた種というものはとかく閉鎖的になりがちだ。
 我らが五大の竜でさえ交わりを避けることは知っているだろう」

--- --- ---

「出会いから二十年余り。事は本当に偶然露見したんです。
 迷い込んだ孤鳥族が、雪狼と透竜を見たと言ったのが始まりでした。
 それは、狭奥谷を揺るがすほどの大事件だった…」
「なんで?魔獣ていっても、別に攻撃したとかじゃないんだから」
「透空海はとにかく自分たち以外の種を受け入れない。
 閉鎖的というよりも保守的、と言うべきでしょうか。
 そして、異種族の交わりは絶対的な禁忌。
 これは、人間だって魔獣だって竜だってそうでしょう?
 いつからそうなったのか知りませんが、それは定まっていることです」
「でも、実際混血はいるんだろ?」
「どっかの森に混血が暮らすっていうわね」
「でも、確かに、根本的に禁忌だとされてるな。
 俺たちでさえ五竜以外とは関与しても交わりは持たない」

「透空海は絶対的です。
 海斗も事実を知っていた私もまた咎人とされた。
 長い間、逃げながら戦いながら、大雨の日…虹の野原へ逃げ込んだ。
 魔獣にも決していいことではなかったのでしょう。
 流西さんも追われていました。弟は置いてきたと笑っていた…
 そして、行くわね、と言って去る二人を見送ったのが最後です」
 「それが追われてる理由?」
「透空海は地の果てまでも反逆者を許さない。
 そして、責める二人を見失った矛先は雪狼族に向きました。
 私は捕まり、幽閉の身となった…
 ある一定以上年がいった竜や魔獣なら、誰でも知っていることです。
 それほど、異種族間の交わりは禁忌だということでしょう」

「つーか、よくわかんねえな。そんだけのことでなんでだ?」
「なんとなく、わかるわね。私だって火陽が透竜だったらそんな気にはなれないもの」
「確かに、普通はそういう対象にはなりにくいだろうな」
「そうかなー…おれは露樹が魔獣でも……って想像できねーな」
「でしょ?」


--- --- ---

「わかりません!だって、そんな」
「父親としては、なんとかしてやりたいものだが
 相手が魔獣であってはさすがに止める以外にどうにもできん」
「どうしてですか!別に害もない、なんで、止める必要が?」
「どうしてか、と訊かれると困るんだが。
 君は天をひっくり返せるか?それを想像するか?」
「…?」
「考えもしないだろう?天は上にあるのが当たり前だからだ。
 でも、あの子は違った。天を下敷きにすることは許されまい」
「わかり、ません。天を下敷きにしても誰も害を被らないなら
 放っておけばいいじゃないですか」
「若いな。できないのだよ」
「どうして?だって、そんな――」
「かつて女神に牙を剥き我らは地に落とされた。
 その恐怖を覚えているのかもしれん。背けば痛い目に合う、と」
「よくわかりません。海斗さんは流西さんが好きだったし
 流西さんは海斗さんが好きだったんでしょう?
 僕たちは捕食関係にあるわけでもない。それでいったい何が」
「それは道理を捻じ曲げる行為なのだ」
「道理?」
「大儀と言うべきかな」
「難しい言葉はよくわかりませんが、
 捻れているのは道理のほうじゃないですか。
 捻れて道が通ることだってあるでしょう」
「捻って道を通せばいずれ衝突が生じる。
 誰かが真っ直ぐ道を保たねばならんのだ」
「それがあなたたちだと?」
「そういうことにしておきたいのが性なのだろう」
「海斗さんたちは結局どうなったんですか」
「行方がわからんのだ。雪狼族の透真が握っているだろう」
「透真は兄を捜しているといっていた」
「どういうことだ?」
「架空は透真を捜していた」
「我らは行き先を得るために透真を追い、罰するために架空を追っている」
「透真は二人の行方を知らない」
「透真に会うのが先決だな…」
「僕はあなたに行き先を教えない」
「新しいことを知ると、それまでの形が失われることもあるものだ。
 私は海斗の一件以来、天が必ず上にあるものだとは思えなくなってしまった。
 透竜の長は我が子を罰するために動くが、
 御透は我が子の帰りを待っているに過ぎない」

水流は、架空と同じ色をした視線に、
目の前にいる透竜の真意を感じていた。


--- --- ---


「透真さんに会ってみないことには事情がわからない。
 二人がどこへ行ってしまったのか。そのために透真さんを追っています」

雨が降り出していた。
木の陰に入り雨を凌ぐ。
四匹の竜は黙っている。

「鎮芽の森…に早く行かなくちゃ……」
座り込んで呟く架空に反応したのは白銀だった。

「鎮芽の森?孤鳥族の森?どうしてあんな場所に?」
「透真さんと水流はそこでおちあうらしいから」
「異端の女神の森で…?なんでそんなところで…」
「異端の女神?」
訊いたのは露樹だった。
「知らないのか?鎮芽の森は五大と隣接している森。
 透空海が来訪者と呼んだ、女神が封じられてる場所らしい」
「そういうやそんなことも聞いた気がするわね」
「女神アユリリス…の森…」
架空の言葉に火陽が反応する。
「それ!そいつ!」
「え?」
「女神アユリリス!そういや、透真と火鳴様の会話でそんな名前が出てた!」
「なぜ。アユリリスの名はそれこそ禁忌。魔獣が知るわけは…」
「火鳴様もなぜその名を知るかっていってた。なんだっけなー。
 そういや金阿に会いたいって言ってたな…。関係があるかもしれないとか
 なんとか…」
「女神アユリリスの関与…?それはないでしょう。
 彼の女神は森の奥深くに封じられて力は使えないはず」
「金阿には女神の印があった……」

激しく叩きつける雨に声は消え入る。
四人は稲光の中、目指すべき道を見た気がした。


--- --- ---


「行ってはなりません」
「放せ!俺は行かなきゃならない」
「これ以上の深入りは危険すぎます」
「あの二人には行き場がない!他に手段もない!」
「あなたが行く必要はない!」
「鎮芽の森の結界は強い。俺たちならくぐらせることができる」
「ご自分の立場をお忘れですか?」
「…今回だけ。これだけだ」
「………条件があります。私も行きます。
 決して、目をつけられてはなりません。決して」
「わかってる…」
「なら行きましょう」


人の子が走る。
狼を助けるために。竜を助けるために。
自分とは異なる姿の友のために、人の子が走る。
それは誰も知りえない真実と輝かしい経歴の裏側。


その真実を、白い狼は追っている。


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posted by uamo27 | 02:17 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続10 雨はやまず真白い狼と水の竜

「別れたほうがいいわね」
小雨で肌がべとべとする。
水に親しむ属性ではあっても触感とは関係がない。
「そう、だね」
足を滑らせながら若干幼い子供が答えた。

五大の谷から狭奥谷へ向かい三ヶ月あまり。
水流にわかったことは
架空が同じ竜たちに追われている、ということだった。
そしてその理由を意図的に隠していることも解っていた。
追撃をかわし、追っ手を逃れ
透真と共にたどり着くはずだった場所まで目指そうとしたが難しかった。

「狭奥以外で力が使えないわりにはしつこいわね」
普段はおっとりとしたものいいの架空が、仲間に対しては厳しかった。

「透真さんとは狭奥谷を奥の森のほうに抜ける地点で待ち合わせてる、のね?」
「うん」
「この辺りで別れましょう。追っ手をまいたら向かうわ」
立ち止まって互いに背後を見やる。
暗い夜の茂みに、なにかが潜んでいるような恐怖。
雨のせいで視界は悪い。
「わかった」
「……待たなくても、いいわ」

その言葉に架空の顔を見る。
「透真さんと合流できて、私が来なければ。
 私のことは忘れていい」
「架空?」
「さあ、行って」

透けるような青い目が笑う。
水流は身体の向きを変えないまま後ろに退がる。
くるりと翻って走り出そうとしたところで一度振り返った。
架空はじっと成り行きを見ていた。
「孤鳥族の森…鎮芽の森。透真はそこに用があるって言ってた」
言い捨てて遠ざかる。

「ありがとう、水流」
更なる行き先を教えてくれた少年に微笑みながら、架空は正反対に走り出した。

肌寒い季節に出会った二人。今の小雨は冷たく容赦ない。
丸々水の中に漬かることは癒しになっても
わずかな水滴たちの攻撃に体温は奪われていく。
水色の竜たちは、その中を必死に進んでいた。


--- --- ---


「まけた、かな?」
背後の気配を全く感じなくなって数日。
水流と別れて一週間は経った。
人懐っこい少年を思い出しながらくすりと笑う。
「金竜にさえ見つからなければあの子に危険はないものね」

目的とする場所からは随分離れてしまった。
水流より若干大きい足で急ぐ。

突然がさり、という音と共に気配がして架空は動きを止めた。
(なにかがいる)
汗が流れる。これだけの至近距離では逃げられる自信が無い。
狭奥谷を出て力が使えないのは自分も同じ。
膠着状態が続く。匂いを辿ってみるが、識別できる距離ではなかった。
狭奥谷を出てからは鼻も利きにくい。


場の緊張が動く。
架空は反射的に身構える。
攻撃の一切はなかった。
「架空さん!」
目の前にいたのは赤い髪の少年。
声は、以前聞いたことのある女の子の声だった。
「露樹、さん?」
「水流は?水流は一緒じゃないのっ?!」
少し離れた場所で黒髪に近い銀色の髪が揺れている。

広大な五大の谷の中で、彼らは互いに互いを捜し続けていた。


--- --- ---


ほぼ時間を同じくして、水流は別の竜と出会っていた。
場所は五大の谷。
五竜の中でも最も保守力が高いとうたわれる水竜最後の一匹。
水流は本来の姿で力を使っていた。

「水竜が生き残っていたか…」
温厚そうな青年が一人。
しかし、その匂いは透真を追っていたものと同じだった。

敵対心というよりもそれは遠ざけるための威嚇。
水流は低く唸る。

「力はほとんど使えない。
 架空のことを聞かせてくれないか」

透真を攻撃したのはこの竜ではなかっただろうか。
明るい茂みの中、対面したまま緊張が続いていた。

「……なんで、架空を…透真を追ってるんですか…」

「他の仲間は近くにはいない。
 人型に戻ってもらえないだろうか。
 そうしたら君の質問に答えよう」

すぐには信用できない。
が、透るような目が柔らかかった。
影が差した陽だまりのように。なにか温かいものによく似ていた。

「他の仲間よりも先に、架空を見つけてやりたいのだ。
 私の名は御透。あの子の父親だ」

(ああ、架空の目によく似てるんだ…)

水流は人型になり、その目を見る。
青年は架空と同じように、穏やかに笑った。

「なんで、架空を、透真を追っているんですか…?」

近くで川の音がしていた。


--- --- ---




真白い毛が温かそうでつい手を伸ばしてしまった。
水のようなほんのりとした冷ややかさが、熱を持った傷に心地良い。
狼は気持ちよさそうに目を細めた。
少女は飽きることなくその背を撫でてやる。
星空の中、二匹は静かに触れていた。


「僕はそれが罪だとは思えない」


風の優しい旋律は壊れ、嵐の中を狼が走る。
あの日、少女と狼を隔てたものはなんだったのか。


あの日の刃が、白い狼を追っていた。
触れ合ったものを罪だと切りつけるために。
隔てることが正義だと、切り棄てるために。


己たちが定めた世界こそが正しさだと通すために
曲げられたものは、歪められたものは、その正しさに牙をむいて
真白い狼はあの日の罪とされたものを穿つために走っていた。
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posted by uamo27 | 15:25 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続9 雨はやまず真白い狼と水の竜

狭奥谷から来た三色の竜たちは
実に態度が大きかった。
まるで招待されたかのごとく振る舞い、
火陽もその扱いには困り果てた。
もともと血気盛んな種である火竜とは合いにくい性質だと
その身をもって実感している。
(火鳴様が会わねーわけだ…)
胸中呟きながら、詳しい話を聞くために巨木の下まで招く。

銀竜の姿を見て何か言いたそうな顔をしていたことに
その場にいる誰もが気づかないフリをしていた。
もとより、同盟を結ばぬ竜とは疎遠であり、
同じ竜といえどその対応は魔獣とたいして変わりない。

それで、と巨木の下に人型で座り、まずは火陽が切り出した。
どこへ行ったものか、火鳴の姿は見えない。
火陽、露樹、白銀、そして招かれざる三色の竜たち。
遠くで鳥が鳴き、日はやや傾き始めている。

「それで。失礼ですがなぜその架空という竜を探しておられるのです?」
慎重にならざるを得ないのは、その手がかりを持っているため。
当の本人は面識もなければ庇う義務もない。
だが、火陽はその傍らにいるであろう友が心配だった。

「仲間内でけんかをしましてな。どうやって外に出たものか戻らんのです。
 ご存知の通り、我らは狭奥谷から出ては力をほぼ使えません。
 人型から本来の姿になることすら難しいのです。
 架空は幼くはないがまだかなりの若輩。心配で探しているのです」
答えたのは、あの柔和な青年だった。その目は透き通るような薄い青。
「匂い、とかで追う事は難しいのですか?」
「我らは魔獣にあらず!力なき我らを愚弄するか!」
しわがれた声は非難の色を表していた。
「どなたかご存知ならば教えていただきたい」

その言葉に、ぞわぞわするのはなぜだろうか。
火陽はどことなく薄気味悪く感じる。
ついさっきの露樹の話を、教えたものかどうか
その判断ができなかった。

「本当に、それだけの理由なのですか?」
口を開いたのは銀の竜。白銀は微動だにせず座っていた。
一見黒に見紛う灰色の長い髪はきちんと編まれ、首元から前に垂れている。
火陽よりもがっしりとした長身の体格に、その灰色の目は冷静だった。
「そのお言葉は、どういう意味でしょう?」
薄い青に険が刺す。
すっと、目線を変え、相手の目を見ると白銀は続けた。
「本当にそれだけならば、新たに知ることもあるでしょう。
 しかし、それだけで、本当にその理由で
 その子を探しているとは思えないのです」
青年とは別に、貴様!、と荒立つ声。
火陽は口を挟めずに内心焦っていた。
(あからさまに挑発してどーすんだ!)
しかも、こちらが何かを知っていると匂わせている。
「私どもは、恥をさらしてはるばる五大の谷に出ました。
 大人でも力一つ満足に使えません。
 その意を汲み取ってはいただけないでしょうか」
嫌な沈黙の中、火陽は必死に状況を変える道を模索していた。

「架空って子、知ってるわ」
その高らかな声に、ざわっと騒がしくなる。
「露樹!」
火陽はその名を呼んだ。
「私は会った」
「どこでですか!教えてください」
「隠し立てはせぬほうが良いぞ!」
「我らは身内の身を一番に案じる」
いっせいにまくし立てるのはそれだけ真剣ということだろうか。
それにしては妙な雰囲気だ、と火陽は疑問に感じた。
何かがおかしい。違和感を覚えるのだが、上手く説明ができない。
火陽はどこか不安が拭えなかった。
「可愛い子よね。おっとりしてるし、そんなに年上には思えなかった」
「我らは居場所を聞いておるのだ!」
「動作はちょっととろいけど、甘い木の実みたいな印象よね」
「古代竜の長よ。どうか、居場所を」
嘆願の中、露樹は突然立ち上がる。
「露樹?」
座ったまま火陽が声をかける。
透空海の竜たちも何事かと顔を上げた。
「こんな茶番、付き合ってられない。
 白銀。つまりそういうことでしょ?」
「古代竜よ。あまりに失礼ではありませんか?
 私どもは、その子一人のために―――」
「そうね。そうよ。その子一人のために九匹。
 見たところ、かなりご高齢の方までおいでだわ。
 でも解せない。あまりにも不自然だわ」
「黙っていれば若造!礼儀も知らぬ輩とは話にならん。火鳴を出せ!」
「火鳴様もおそらくは何もお答えにならないでしょう」
返したのは白銀。
白銀は、さっきと同じ姿勢のまま地を見つめながら、独り言のように呟いた。
「透竜の子を探すのに空竜と海竜まで関与するのは不自然です。
 あなた方は火鳴様を出せといった。
 なぜ、火鳴様がご存命であることをご存知なのです。
 五大の谷は例の騒ぎ以来、通信網は完全に壊れている」
「さらに付け足すなら、私が架空って子知ってるって言ったら
 居場所を聞いたわね。変でしょ?
 それほど心配してるのに無事だったかどうかも聞かないんだもの。
 こんな茶番付き合ってる暇ないの」

火陽は、違和感の正体を知った。
たった一人のために、いつ金竜が襲うかもわからない谷へこれだけの数が。
それもかなり幼い子供ではない竜を探しに。
(透空海の三竜は巧妙に隠し、同族である竜をも謀る)
火鳴の言葉が脳裏をよぎる。

「申し訳ありませんがお引き取りください」
その言葉に一斉に立ち上がり、火陽につかみかかる。
「互いに、これ以上の話はできないでしょう」
それは決別。
襟元をつかまれ、首が絞まる。
「手を放さぬか。無礼にもほどがあろう」
巨木の上から声がする。
一触即発の空気を壊したのは、火鳴だった。
仰ぎ見ると、枝に老人が座っている。
その気配は今までなかった。

「火鳴!きさまか!」
「何も言わず散れ。ここは我の寝床なり」
「あの子をどこへ隠した!」
「我は知らぬ」
ざっと取り巻く火竜の数に、九匹の竜はその地を後にする。
力が使えぬ竜たちは、力の前に引き下がらざるを得なかった。

「御透(みどう)。一つ言葉の誤りを正してやろう。
 ぬしらは身内の身を一番に案じるのではない。
 己らの主張を重んじ、己の身を一番に案じるのだ。
 若き竜の新しさを、古きが己の正義で叩き潰してもよい道理などあるまい。
 教えを請うなら、誰にも、我ら火竜にも通じる誠意で来るべきであろう。
 ………最後に昔のよしみで忠告しておくが、早く狭奥へ戻れ」

御透と呼ばれたあの柔和な青年は、振り返らずに立ち止まっていた。
その他の竜は既に視界にない。
羽をもがれた竜たちは、歩いてまた探し回るのだろうか。

「火鳴。己の正義すら潰さねばならん道理があることもある。
 時々五大の谷が羨ましい」

立ち去る後姿を見て露樹が呟く。
「何がどーなってんのよいったい」
「っていうかなぁ!おまえもう少し考えて物言え!」
「あら!あのままいけばあんたが教えそうだったからでしょー!?」
喧々囂々、まくしたてられる。
ああ、この感じも久しぶりのことだと火陽は心躍った。

「火陽」
どきっとしながら振り返る。
「火鳴様!木の上にいるならいるって…」
「銀竜と共に行け」
「は?」
「銀竜の子よ。金竜を止められるか」
「止めます。それが俺のするべきことですから」
「露樹」
「はい!?」
突然呼ばれて声が翻る。露樹は、火竜の中でこの竜が最も苦手だった。
「共に行け。金の子を止めてやれ」
「あの、火鳴、様?」
「五大の谷を平定するにも、金竜との衝突は避けられぬ。
 ならば先回りで止めるがよかろう」
「ですが…」
「我らはここから動かぬ。火竜の数も頼りない。
 古代竜がいれば力強かろう」
日没が訪れていた。


銀竜と火陽が共に行くことに反対した火竜を火鳴が抑え
事を沈めるために三者は金阿の元へ向かう。

「で、疑問なんだけど」
「なんだよ」
「あの御透って呼ばれてた竜、何歳くらいだと思う?」
「…人型ってある程度、実年齢反映するんだから若いんじゃねーの?」
「でも、火鳴様の言葉じゃなんかさあ…」
「少なくとも、あの中では一番古参だったな」
「んなバカなことあるわけねーだろ!」
「知らないのか?透空海は年齢差で立ち位置が決まるんだ。
 先頭に立って話ができるのは、一番年齢が上だ」
「だってどうみてもあれは若かったぜ?」
「…架空って子も同い年くらいに見えたのよねえ…
 水流はさらに幼く見えるんだけど…」
「ほんっとうわかんねーことばっかりだ!」
両手を空に高く突き上げる。
わからないことを、わかりたい三人は幼馴染の元へ向かう。
あの日の雨は、まだ乾かないままに。


--- --- ---


いつもその存在は傍にあり
確かに温かいものを与えてくれていた。
異世界の言葉を借りれば姉妹と呼ぶべき関係。
妹はいつも優しかった。

みんなが存在悪だと言う中、反論する力を持てず
庇うことはおろか、混じって責め射る中にいた。
妹を見放した。

それは忘れてしまいたい過去。

「何か教えてください」
白い狼が訴える。
自分を捜していた青年の目は大人だった。
開くことを恐れてきた扉を叩き、暴かれる。

それは忘れられない過去。

「おそらく、妹女神なら何か知りうるでしょう」
「どこに。その女神はどこに」
「森の奥深く――」

ようやく場所を得た。
古き実体を持つ女神から、この女神を探すまでに長い月日をかけた。
子供とは呼べないほど大きな若く白い狼は駆け抜ける。

先に先に先に。
さあ、早く。もっと速く。

どれほど経ったのか、女神を目指す。
大雨が叩きつけては、毛が滴を弾く。
孤鳥族の鳴き声を背に、森を抜ける。
目指すは鍵を握る女神。
大荒れの谷の中は雨に混じり血の匂いがしていた。

「小さな子が森へ向かいました。どうか、あの子を―――――」

足を止めさせたのは息も絶えそうな水の竜。
真白い狼は雨の中、森へと戻る。
自分をいつも守ってくれた兄を想う。

次は自分が何かを守れるだろうか。

目指すは…今、目指すものは?
姿見えぬ兄ではなくて。

「おや。ふむ…どうみても、これは水竜だねぇ」
真白い狼は、小さな水の竜を見つけ微笑んだ。


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posted by uamo27 | 23:19 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続8 雨はやまず真白い狼と水の竜

「金阿…?」
闇の中、息を潜めていた。
風は金竜に味方して音を誰にも聞かれないように掻き消してしまう。
眠っているのは、ほぼ同時期に生まれ半身とも呼べる友人。
その竜はそれぞれの率いる群れから少し離れ、茂みにそっと伏せている。

友人は突然おかしくなってしまった。
そこにいったい何の理由があると言うのか。
実の両親を殺し、群れを撹乱させ、同盟を結ぶ竜を次々と襲った。
白銀はその理由を知りたかった。

金竜の突然の凶行に、恨みを持ち離反したがっている銀竜は多い。
しかし、理由がわかるまでは、と説得したのが、
銀竜の若き長になった白銀だった。
罪に罰を与えるにしても、いかんせん理由がわからない。

そっと人型のまま眠る若き金竜の頬に触れる。
服は破けたまま治らず、どれほど疲労がたまっているかがわかる。
実際、あの夜以来、友の眠っている姿を見ていない。
それでも出会う竜、出会う魔獣を全て攻撃し続けている。
先回りして気づかれないようにそれを回避するのが
当面の銀竜たちの責務だった。

穏やかな金竜が、なぜ。
(実際におかしいのは金竜じゃなくて金阿単一だ―――)
それがひどく悲しい。
他の金竜は金阿に翻弄されている。
しかし防げなかった。
金竜は銀竜よりも長の子供の言うことを信じる。
それは当然であり、最悪だった。

「なあ金阿。何がそんなに変えてしまったんだ?」
ぼそりと呟く。友は深く眠っていた。
はだけた服を整えようと首に手を伸ばし、
白銀はそれを見つけた。

「これは…これが……?」

一瞬にして筋道が通される。
首元に見えた刻印が、その推測を正しく導き始める。

「女神、主神特有のものが、なぜ金阿に」

金阿自身が、本当に真実を握っているのだろうか。
あの夜を思い出しながら、白銀は走り始めた。


--- --- ---


五大の谷、火陽は逝ったものたちの弔いを終えて
日光の注ぐ巨木の下で、ある程度の安息を取り戻していた。
水流と分かれて半年以上になる。
それでも噂で上がる声は悲鳴ばかりだった。
金竜を討つ、という協議もなされたが
さらなる深手を負うことは避けたいと慎重を選んだ。


誰かが突然声を上げる。
何事か、という問いに火陽は信じられない言葉をきいた。
そこには身を案じ続けた恋人の姿とその仲間の姿。
そして横には――ー

「白銀!」

一気に火竜が牙を剥きだしに取り囲む。
近くに他の銀竜の姿は見えない。
ふっと、白銀の立ち位置に目がいき、火陽は仲間に声をかけた。


「よせよ。既に古代竜が拘束している。
 白銀。悪いがおまえは歓迎できねぇぞ」
「わかってる。露樹たちとはついさっき合流したんだ。
 金阿と共にいた以上、誤解される覚悟はしていた。
 二人に聞いて欲しいことがある。金阿のことについて」
「っていうから、ここまで一緒に来たの」
「ここまで、ってよく場所が分かったな。俺も探してたんだぞ」
「一週間前に水流たちに会ったの」
「…まさか魔獣を攻撃したりしなかっただろうな……」
「透真っていうやつ?と一緒にいたらしいわね」
「…?どういうことだ?」
「水流は別の竜と一緒だった。見たことのない色だったわ」
「ここじゃなんだな。とりあえず、向こうでゆっくり話そう」


火竜と古代竜の中心を担うものたちと
白銀が巨木を取り囲む。
話は火陽の予想以上に奇妙なことになっていた。


--- --- ---


「つまり、露樹が会ったのは水流と架空と名乗った透竜っていう竜なんだな?
 それで雪狼の透真は透竜に追われて、水流と分かれた、と」
「そういうこと。で、架空ってやつが私たちの居場所を知ってたみたい。
 それで火陽の居場所を知らせたいっていう水流を案内してくれたんだって」
「で、架空って竜は透真を探してて…」
「今度はその魔獣と合流するために水流と二人で行ったわ」
「つーか、ややこしいな。架空ってやつも結局透真を追いかけてるんだろ?
 会わせちゃまずいんじゃねえの?」
「それが同じ透竜でも別口みたいだったのよね」
「で、おまえは?」

黙って火陽と露樹の会話を聞いていた、
他の竜たちが一斉に白銀のほうを向く。
銀竜は常に金竜の傍に居たことを火竜も古代竜も目撃している。
その目線の緊張感は無理もない話だった。

「まず、あの前日の夜まで金阿はいつも通りだった。
 そして突然自分の両親を殺した。
 その後でその罪を水竜にきせて、襲撃した。
 何がなんだかわからない他の金竜たちは
 その尋常でない金阿の状態に騙された。
 俺の父上と、母上が殺された後、銀竜は金阿についていくことにした。
 他の金竜は金阿に従っているだけで、銀竜はその状況を知っていたから
 衝突を避けたくて、金竜と共にいた」

「ちょっと待って!なんであんたがそんなことまで知ってんのよ!」
「……俺たち銀竜が金竜の長様――金阿の両親の元へ駆けつけたとき
 金阿は既にいなかったけど、生きておられたんだ…。二人とも」
「露樹。とりあえず話を聞こう」

銀竜の行動の経緯と
あの、金阿の首に浮かんだ印の話をする。
女神や主神の力が行使されたとき、対するものに現れる特有のもの。

「何か、が関与してるんじゃないんだろうか…」
「つまり、それで金阿が変な風になっちゃったってこと?
 だとしても今更償える問題じゃないわよ」
「…だとしても、今の金阿は金阿じゃない気がするんだ」

それを受けて方々から声が上がる。
「だが納得できぬ。そんなことでは納得できぬ」
「実際にどれだけのものが逝ったというのだ」
「もはや金竜を許すことはできん」
それは至極最もなことだった。

「で?他の銀竜はどうしたんだ?」
険悪な雰囲気を打ち壊したいかのように、若き火竜の長が口を挟んだ。
「話し合ってしばらくは金竜の先回りをしながら共にいるということになった」
「いかにも慎重派の銀竜ね。あんたはどーすんのよ。
 いっとくけど、古代竜も火竜も黙って帰したりはしないと思うわよ」
「そうだな。どうしようか、と思ってるところだ」
「事情がこれ以上わかんねーなら、動きようがねーよな」

途方にくれたときだった。
「火鳴様!」
飛び込んできたのは遠く離れた場所で周囲を警戒していた火竜。
「何事だ」
答えたのは呼ばれた者ではない。
「それが、火鳴様に会いたいと」
「誰がだ」
「竜です」
言わんとすることがわからずに呆れた目を向ける。
ここで「その竜は何色か」と
火鳴、と当初呼ばれた竜が呼びかけに応じた。
「それが、人型で正確な色はわかりかねますが三竜と…」
「火陽」
滅多に口をきいてくれない老齢の竜に呼ばれ、火陽は背筋を伸ばした。
「はい」
「ぬしが相手をしてやれ」
「は?」
「薄暗い地下からお出ましとな」
「火鳴様?」
「火陽。よく話を聞き、その方向を見極めれ。
 透空海の三竜は巧妙に隠し、同族である竜をも謀る」
透空海、の響きに、火陽はようやく事をつかむ。
滅多に己らの区域を出ない三種の竜。
透竜、空竜、海竜。
火陽は緊張にごくりと唾を飲み込んだ。



生き残った火竜が暮らす場に、多くの竜が集い始めた。
夕暮れまでの時間は遠く、火竜の緊張感は拭えない。
「現在長を引き継ぎました、火陽です」
火鳴を出せ、という訴えを退け説得し、
火陽は透竜、空竜、海竜に対面した。
対面した相手は両手の指で足りるほど。
巨木からは若干離れている。
火鳴がこれほどまでに遠ざけることもまた珍しいと火陽は首をひねっていた。

「それで、ご用件は」
「竜を探している」

その率直な答えに気が抜ける。
「火竜ですか?」
「いや。我と同じ色、透竜の子よ」
「失礼ながら存じませんが…」
「だから火鳴を出せと申すのだ!あやつならば隠しかねん」
「火竜の子よ。どうか火鳴に会わせてもらえないだろうか」
比較的柔和な口調で、若そうな雰囲気の竜が願う。

「我らは架空、という透竜の子を探しているのだ」

恋人に会えて嬉しいはずの、感動の再会は予想以上に混乱していた。
露樹や白銀との再会を喜ぶ間もなく、火陽は内心悲鳴を上げる。
(透竜が透竜に追われている?)
火陽はそのカカラと共にいるであろう親友を想い無事を祈った。


--- --- ---


話は少し遡る。


城の背面から真っ直ぐ駆け出す。森を駆け抜けて丘に上がる。
颯爽と風のように、駆ける。

「よさぬか。この先は人間の住まう土地。魔獣は森へ帰れ」
「兄上を探してるんだ。皇子なら居場所に心当たりがあるかもしれない」
「契約上、魔獣や竜は内の者が呼ばねば通せぬ。去ね」
「それでも僕は通る」
真摯な瞳に実体を持つ女神は穏やかに微笑んだ。
「カンザス帝国に今呼び出されている女神がいる。
 その女神に話を聞いて見やれ」
「?」
「我はここから離れられぬ身。彼の女神ならば
 或いは何かを知り、力を貸してくれるやも知れぬ」
目に明るい光が灯る。
白い狼の子は駆ける。


「我は彼の女神に罪が有るとは思えぬ。
 なれば、闘う子に力を貸しても良かろうぞ。
 責任を取れ、女神どもよ。罪深きはヒダマリ。
 そして罪深きは我も同じ」

少しでも妹分の女神を世界から追放した罪悪感を所有するならば。
さあ、白い狼に応えて見せるがよい。

ミズタマリを愛し、ヒダマリには帰らぬ女神はその背を見送る。
この行為が、少しでも世界を歪める贖罪になればいいがと祈りながら。


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posted by uamo27 | 23:42 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |
続7 雨はやまず真白い狼と水の竜
二匹もとい二人は、茂みの中をざくざく歩く。
五大の谷は広く、迷わせた。
言葉も無く、息を切らしながら二つの人影が移動する。

先を行きながらも息が切れていない余裕の足取りは女。
後を余裕なく必死についていくのは少年だった。

女はちらりと後ろを気にする。
少年は黙々と背後を歩き続けていた。

「大丈夫?」
女が歩くのをやめて振り返り、後ろに声をかける。
少年は答えない。その代わりに顔を上げて女の顔を見る。
目が先を急いでいた。
女は元のように歩き出した。

---

五大の谷から逸れ、崖と崖の隙間に半ば幽閉された三色の竜。
海竜は深い青緑を映し、空竜は濃い青色を映す。
そして水に透かしたようなごく淡い水色を映すのが透竜である。

名前ですら知らぬものが多い、その地は狭奥谷。
さらにその谷の中でもたどり着くのが困難な虹の野原は
かつて敵対した来訪者たちの最後の情けでできた楽園だという。

水流もその名は聞いたことがあった。

「まさか、本当にあるだなんて…」
狭奥谷について聞いた水流は、空を見上げながら驚いていた。
夜の水辺に二人の男女。星空は高くきらめいていた。

「透竜でもね、ここを知らない人は多いのよ」
柔らかい口調で女は言う。
「どうして、…」
架空さん、と呼ぶべきか迷い一度口を閉じる。
「好きなようにどうぞ。
 私はここまでの道を覚えている数少ない竜なの」
「架空、さんは地図でも持っているんですか?」
「いいえ。地図なんてないわ。何度も迷ううちに覚えただけ」
「迷う、ですか…」

どうにも緊張が崩せない。
架空は五大の谷で起きたことの大部分を知っていた。
透真を襲ったのも間違いなく透竜だったことを考えれば
さすがに魔獣に助けられたとは言えず、
恩人に助けられて自分は生き残ったと説明した。
その後の経緯も簡単に話すと
辛いことを思い出させてしまったわね、と架空は言った。

「妹とね、よく来たのよ。夜動き回るなって怒られたけれど」
座り込み、手をついて空を眺めている水流に
少し離れた場所に立ちながら
同じように空を見上げている架空は呟いた。

風が吹いて少し寒い。
草がそよいでは月を称えた。

「古代竜の居場所を知っているの」
顔を上げて、少し離れた女性を仰ぎ見る。
「あなたの友人がそこにいるかはわからない。
 けれど、生き残った古代竜はそこに全部集まってると聞くわ」

「どこですか?」
水流は改めて架空に向き直り正座をして、尋ねた。

「怖くはないの?」
架空は水流に問う。
「何が、ですか?」
「あなたの友人がそこに居るかはわからない。
 いなければそれはつまり……」
その意を水流もつかみ、黙る。
風が少し強まってきた。

「大雨の中、僕を助けてくれた人がいます。
 そして僕は助ける力もなく見捨ててきた。
 僕は生き残ってる。
 あの日の友人を助ける力はなくても
 友人の生死を確かめたり、弔うことは今の僕でもできます」

豪雨の中、母親に言われるがままに走った。
五人がそろって会ったのは、その前日が最後。

「怖くないといえば嘘になります。
 けれど、僕は自分の両親の死を友人から聞きました。
 友人は、火竜は、自分たちも襲われながら水竜の元へ駆けつけたそうです。
 今度は僕が、その友人に大切な人の生死を知らせてあげたい…」

消え入りそうな声と共に零れたのは、悔しい気持ちか悲しい想いか。
正座したまま両手をついて、水流は地の一点を見つめこらえる。

「五大の谷の奥。森へ抜ける一歩手前に集まっているわ。
 土に親しむ古代竜ならではの場所よ。
 金竜にはとても見つけにくいと思うわ」

ザアアアと風が駆け抜けてはどこかへ消える。

「案内、してくれませんか…。
 僕はここからどうやって進むべきかもわからない。
 せめて五大の谷へ入るところまでお願いできませんか」

真剣な声に、架空はふわりと笑っていた。
「それはできないの」
「お願いします。火陽が、露樹を心配している…」

泣きそうな声は流れる。
静けさが増す。
夜はいつまで続くのかと思わせるほど長く感じられた。

「妹を捜しているの」

突然の言葉に俯いた顔を上げた。

「妹とここで約束をしている…。
 必ずここに戻るといって、突然いなくなってしまった」

突風で水面が揺らぎ、波紋で不規則に光る。
それはどこかで聞いた話。

「捜しに行かないんですか…?」
視線が真っ直ぐぶつかっていた。
架空の表情が強張ったのがわかる。

「案内してあげられないのは残念だけれど」

「待っていても、戻ってこないかもしれない」
(こんなことを言うのは失礼だ)
思っていても口からするりと出てしまった。
思い出されるのはあの豪雨。
何もできずに背を向けたあの夜。

「そうね。それはわかっているの。
 けれど、私にはあてがない。
 妹たちの行きそうな場所なんて分からない。
 だから待つことしかできないの」

硬く低くなった声がその心情を伝えている。
水流は苦虫を噛み潰したような思いで、なお言葉を続ける。
「捜そうとすればいいじゃないですか。誰か知ってるかもしれない」
(初対面の人にこんなこと こんな こと)

案内がなければ水流はこの狭奥谷と五大の谷の位置関係すらわからない。
なんとしても架空が必要だった。

「力を貸してください」
「ごめんなさい。できないの」

沸々とわくのは怒り。
それを抑えられないのは年のせいか。

手を硬く握って押し黙った少年に
透竜は言葉を失う。

水流は相手を説得する言葉を探していた。
相手を利用したいがために、
事情も知らず、何か言葉をかけることは間違っている気がした。

少ない経験を思い出しても、説得できそうな言葉が見当たらない。
似たような事例を知っている。
ならば、何か透真との会話に適切な言葉がないだろうか。
相手の言葉を反芻して、何度も思考をめぐらせる。

ふと、気づく。

「…たち?」
「え?」
「妹たちって、複数、ですよね?妹さんは誰かと一緒だったんですか?」
「ええ。もう一人いたの。その人も同時に居なくなってしまった」
「その人の手がかりはないんですか?」
「いえ。一つだけ。だから私はここで待っているの」
「?」
「その人の弟が、二人を追っていると風の便りで聞いたの。
 私はその人を待っている…この野原は魔獣の森と繋がっている…」

薄い雲がいつの間にか遠くから近づき月を覆う。
明るい野原に、影。
風はその勢いを増し水面が応える。

魔獣という言葉に反応して、脳裏をよぎったのは透真が襲われた日。
透竜に透真が教われる理由。
兄が竜を一匹巻き込んだといっていなかったか。

「透真…?」

「透真さんを知っているの!?」

小さな呟きに対して、その大きな声に驚く。
雲も驚いて月から離れた。
架空は膝をついて正座する少年の顔を覗き込んでいた。

ごくり、と唾を飲み込んだ。
(卑怯者でもいい。僕は露樹に会いたい…)

「詳細を語ったら、五大の谷まで僕を案内してくれますか」
「透真さんの居場所を、知っている、の?」
「正確な場所は知りません。けれど向かう先は知っています」

これは多分卑怯なことだ。
相手を利用するために、恩人を切り札にしている。
しかし、水流には他の手札がない。

「お願い、します」
「待っていれば、透真さんはここに来るかもしれないわ」
「露樹の生死を確認したいんです。火陽に教えてあげたいんです」
「透真さんが、妹の居場所を知っているかはわからない」

これは 多分に 卑怯なことだ。
(透真は多分知らない…)
二人が同時にいなくなり、透竜の妹の居場所を知るなら兄を捜す必要がない。

「でも、来ないかもしれないし、知っているかもしれない。
 僕の話を聞けば透真に会える確率は上がる」
「信用する根拠がないわ」

今晩ここで出会って、何を信じろというのか。
互いに笑っていなかった。

「…つもそうだ」
「え?」
「大人はいっつもそうだ!」

水流は幼い。
思春期も真っ只中、その感情の制御ができるような年頃ではない。
自分の思うようにいかないことを怒りに転化してしまう辺り、
立派な癇癪だった。

あの夜の雨音が消えない。

「大人はいっつもなにか理由をつけて、できないっていう。
 いつも信じたいほうとは違う可能性を見るから動かない。
 それは公正で公平かもしれないよ!だけど、わかんない!」

熱くなってるのがわかる。
肌寒さもどこかへ行ってしまった。
温かい水が頬を湿らせる。
どこかそれは独唱。

「待ってる?待ってれば何か変わる?何か得られる?
 透真は捜してるって言ってた。本当のことが知りたいって。
 だけど、全然関係ない僕を助けてくれた!
 架空さんが今ここに居なきゃいけなくて
 ここにいて必ず透真が来るって言うなら僕だって言わないよ。
 だけど、僕は道がわからない。架空さんは知ってる。
 透真は来るかわかんない。一緒に行けば透真に会えるかもしれない。
 だけど、動かないって言う!信用できないから話も聞かないって言う!」

息が切れる。水流は架空のほうを見ずに自分の膝を見ていた。
煮えたぎる感情とは裏腹に思考は真っ白で、ただ衝動だけが支配する。

「透真が、魔獣の透真が僕を助けてくれたのに?
 竜のあなたが僕を信用できないって言う。
 魔獣が僕を助けてくれたのに…」
 
声が尻すぼみになっていくのはなぜか。

「僕の仲間や火陽の両親を殺したのは、金竜で…」
「!」
「……あなたが正しいのかもしれないよ。
 確かの初対面で信じろって言うほうが無理なことだし
 僕だって実際に透真が妹さんの行方を
 多分知らないだろうってわかっててあなたに切りだした。
 こんなの間違ってる。でも、じゃあ、どうすればいいの?
 どこへ行けばいいかわかってるのに動けない僕は
 他に手段がない。露樹に会いたいのに。
 確かめなくちゃいけないのに、僕は、僕は」

その先は架空の腕で止められた。
幼い子供を、透竜は抱きしめる。

水で随分と癒えたとはいえ
疲れた体が泥のように沈む。

そのまま、文字通り泣き寝入りをしてしまった
竜の姿の少年を撫でながら架空は月に臨む。

これ以上、少年を疑う余地がない。
少年は自らの口で、切り札が空っぽの手札だと暴露した。
それは浅はかなことかもしれない。
けれど、今の架空にはその浅はかさが温かかった。
その子供らしさが、何よりも痛かった。


翌日、眠りから覚めた水流は
架空の口から案内の意を聞く。
「昨日はごめんなさい。僕…」
バツが悪く謝罪する水流に笑顔で返す。
「ただし、急ぐなら足を緩めないわ?」

「架空さんは、巣には帰らないの?」
その問いも笑顔で返され、二人はその日の午後に狭奥谷を出た。


--- --- --- 


二匹の魔獣と二匹の竜が四人の形で語り合う。
白い狼は透ける竜を撫で、彼らは野原で一晩を過ごす。
泉は笑い声を反射し、陽が降り注いでいた。

雨が泉をたたきつける中、「行くわね」の言葉で放した手。

「露樹!」

古代竜の中、その一人を見つけ水流が声を上げた。
架空は思い出の世界から現実へと引き戻される。

自分の後から声を上げ、
自分の横を走り抜け、
誰よりも先に友人である少女の手をつかむ少年。

架空は過去の残像を胸に、その光る若さを見つめる。
(私もまだ、何かをつかみ直せるかしら――)

放した手を追いかけている。
もう待つだけではなく、自分が追っている。
あの白い狼もまた、あの日を追いかけているのだろうか。


架空は抱きしめ合う少年少女を前に
一人あの日放した両手を握り締めた。




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posted by uamo27 | 04:05 | 雨はやまず真白い狼と水の竜 | comments(0) | - |