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「隣で笑う女と見過ごせない男 」
カチカルスにとってラテン=ジュライはいわば「天敵」だった。
何を言っても勝てない、嫌な奴の筆頭だった。

じゃあ、そこで肩を震わせて声も立てずに泣いている女は誰だ。
カチカルスはどこか客観的に数歩先にいる女を眺めていた。
人気のない廊下のど真ん中にしゃがみこんで、
一切の音を極力立てないようにして、確実に泣いている。
この距離にしてラテンはカチカルスに気づいていなかった。

ここレイ第七帝国は男尊女卑の文化だ。
全ての優先権は男に与えられ女は政治に関われないのが原則だ。
それを覆したのがラテン将軍だった。
出自は一切不明だが、レイ帝からの許可が下りたという。
その経緯は誰も知らない。
同じく特例が認められ、出自不明である実の妹だけが知り得るところだ。
城内を踏むことが許された時、世界規模の話題になった。

強い、女、だ。
屈強な男どもを叩き伏せて、将軍の座に就いた女。
そんな女でさえ、実の妹が行方不明になれば泣くのか。
カチカルスは内心驚いていた。

---

誰かが、笑った。
「どうせおまえらなんて、どこの誰かもわかんねぇんだ。いてもいなくても変わんねぇよ」
「それもそうだよな。第一女がここにいるなんて異常だっての」
「これを機に将軍職を降りたらどーだ?女は町で売りに出てろっての」
笑いが、起こる。
他国の人、大勢を前にしての、公式的な暴言。
妹、コイネ=ジュライが姿を消して一週間は経ったはずだ。
その間、これらの言葉を浴びてきたのだろう。
それでこの間はついに誰もいないと思い、廊下で泣いてしまったのだろう。
ラテンは何も言わず、無表情で立っているだけだった。
他国の者に席が用意されていても、自国の女に席はない。
やや俯いて、ラテンはただ、立っていた。

「それで?カチカルス殿。お話というのは?」
誰かが切り出した。
もともとキャルロス王国側がかけた集合だった。
「カチカルス殿?」
すぐには返事をしなかった。
「カル?」
隣に座っていた実兄のシャチセルスが顔を覗き込みつつ聞いた。
悪乗りをし始めた場が一時だけ、ほんの一時だけ静かになった。
そこを狙ってか口を開く。
「先日、国を離れていたレン=カルロ特将軍のほうから連絡が入りました。」
場の矯正力が静寂を崩していく。
「なんて?」
聞いたのは誰か。すでに敬語でさえない。
「コイネ=ジュライ殿を保護した、と。」
凍りついたのは驚きのせいか、やましさのせいか。
ラテンが顔を上げたのがカチカルスには解った。
どこで、何があったのだ、と様々な疑問の声が上がったが
一切を無視してカチカルスはラテンに歩み寄った。

天敵、だ。
嫌な奴、だ。

そして、女だ。
線が細い。背も自分よりも低い。

「我が国側のとりあえずの処置としては、姉であるラテン特将軍に我が国へ来ていただき
 後日、詳細を、とのこと。身元証明のこともありますし、今日中にでもお越し願えますか?」

ラテンが「はい」と答えた後、
凍った空間はざわめきに変わった。

---

ひとまずこの国から出られることが
ラテンには嬉しかった。
ここは監獄だ。
自分を見張り貶める、監獄、だ。
城外へ出るための手続きをとりつつ自然に安堵している。
この城でも知る者しか知らぬ枷が、自分たち姉妹にはついている。
この城に入ることを許された時からの、錘(おもり)。
それでも、この城から出たいと願い続けている。

ふっと、ラテンは手を止めた。
一枚の、書類。
キャルロス王国からの申請書、だ。
もう一枚下にある紙は妹が見つかったという報告書だった。
それ自体は在って然るべきものだ。
が、ラテンが手を止めた理由は別のところにあった。

本来この二枚の紙はレン特将軍が書いたものであるはずだ。
妹が見つかった報告書と自分にキャルロス王国まで来させるための申請書。

しかし二枚の筆跡は確実に違う。
妹が見つかった報告書が完全なる国家の公文書であるのに対して
もう片方は、個人的権限を行使した公文書、だった。

つまりその人が個人的に責任を負い、話を通した形になっている。
ラテンは、自分をこの国の外へいざなったその紙をしばし見続けていた。

---

「なぜお前が?」
馬車の中で女は聞いた。
男は答えなかった。

「答えろ」
静かにお互い正面を向いたままの状態で隣の男に問いかける。

「ただ単にむかついたから。」
しばらくの沈黙の後に男が返した。
「なぜ?」
「簡単だ。俺の妹だって女だ」
「それで、なぜ?」
「お前は嫌いだ。あいつらのほうがもっと嫌いだっただけだ」
「なるほど。それはどうも」
「お前に感謝されても嬉しくねぇよ」
「じゃあ、なおさら感謝してやろう」
馬車がひどく揺れる。
活気のある町は騒がしい。

「バカは私か」
女が唐突に言った。
「昔、おまえにバカと言ったな。前言撤回だ」
ごとごと揺れる。
まだ、当分かかりそうだ。
「だったら俺も前言撤回だ」
言っている意味がわからず思わず女は隣の男を見た。
女をちらりとも見ず、独り言のようにつぶやく。
「あいつらは大嫌いだ。でも、お前は嫌いじゃない」
一瞬目を丸くして、ラテン=ジュライは腹を抱えて笑い転げた。


まだちっぽけな「何か」は手放せてないけど。
それでも、面と向かってバカと言ったのはこの女だけだった。
自分は今でも子供だけど。

強い、女。
誰も知らないところで弱くなる女。
やはり天敵だ。
勝てない。
なぜ自分がこの隣の女に勝てないのかは解らないのだが。
ただこの間、数歩先で泣いていた女が
自分の隣で今笑っていることがカチカルスは嬉しかった。

---
(C)MizcocyUamo//未収録の本家サイト掲載分//超絶バカップルですよね
「ちっぽけなプライド」の完全なる続編。
JUGEMテーマ:自作小説


posted by uamo27 | 22:25 | 短編小説 | - | - |
「ちっぽけなプライド 」
「バカはおまえだ」
とその女はあっさりと言った。


タリア=カチカルスが世の中で一番腹が立つのは兄に勝てないことだった。

一番上の兄は、ちゃらんぽらんな性格で張り合うのもバカらしいし
妹は、正直バカ女だ。
二番目の、すぐ上の兄だけが兄弟の中で目障りだった。
幼い頃に、暴君キャルロス王に献上された兄は、家畜よりひどい扱いを受けていた。
兄が人間としてぼろぼろになっていくのを見て、自分はなんとも思わなかった。

例え、目の前で枷をつけられ殴られていても、
裸体のまま床に叩きつけられていても
むしろ自分が次男でなく三男で良かったと思ったほどだ。

あんなことをされるくらいなら死んだ方がましだ。

もともと常人離れをしている一族の中でも異例なほどすごい魔法力。
「化け物」と王は呼んだ。そして、それは当たっているとカチカルスは思っていた。

ただでさえ、魔法大国でもなんでもない真っ正直な「武力」が売りのこの国の中
カルロ一族とタリア一族は、かなり強い魔法力を遺伝的に誇る。
さらには、王の片腕となるためにかなり高度の知識をも誇る。
文武両道、とはカルロ一族とタリア一族の代名詞だ。

しかし、一瞬にして城を半壊させるほどの力など恐ろしいだけだ。
まだ、王に献上される前、カチカルスは何をやっても兄に勝てなかった。
剣技も体術も、勉強も。
その兄が檻にいれられて、言葉まで失っていく様をカチカルスは内心
(ざまぁみろ)と思っていた。

兄が、嫌い、だった。

やがて、その兄が隣国の魔法大国、ハーン大帝国へ移籍していった。
正直カチカルスは嬉しかった。
あの目障りなものが自分のフィールドから消える。
もう、何を気にすることもなくタリア一族の三男として君臨できる。

そして、この国も、ハーン大帝国も落ち着きを取り戻して今、
兄がまた立ちはだかったことに、カチカルスは気づかないフリをしている。

世界の五大国が集まる、列強会議。大抵はカンザス帝国で開かれる。
キャルロス王国、ハーン大帝国、カンザス帝国、レイ第一帝国、レイ第七帝国。
寿命三百年の中で青年期は比率的に、とても長い。
それだけに、王権制をとる五国の帝や王は、なかなか様変わりしない。
そして、代替わりはほぼ同期に行われる。
それは、五国の成立がほぼ同期であったためといわれている。

代替わりして列強会議は、ほぼ所見以来同じ顔ぶれで行われることになる。
要するに顔見知りになってくるのだ。
世界のバランスを保つ五国だけに、皇帝、国王同士が親しくなることは必須である。

会議のための広間。
そこに、兄がいる。

ハーン大帝国は現在皇帝が不在である。
物見遊山という名目で、第五帝国に正妃と共に軟禁されている。
公になっていないのは、皇族の都合というやつなのだろう。
よって、権利を握っているのは、跡継ぎの第三皇子である。
この皇子と、兄は親しかった。
第三皇子が皇帝代理になったなら、と
兄はハーン大帝国宰相に就いた。
そして自分はキャルロス王国の宰相である。

会いたくもない兄に、定期的に会わねばならないことが
カチカルスには憂鬱だった。

「カル。」
兄が自分の事を呼ぶ。
愛称で呼ばれたことが気に障る。
「カルって呼ぶな。」
「じゃあ、カチカルス殿?」
「……なんだよ。」
「何怒ってるんだ?」
「別に?さっさと用件言えよ。」
「カル、シャロにそんな言い方ないだろ。」
一番上の兄が会話に割り込んでくる。
シャチセルスはシャルロットの完全な味方だ。
それにも腹が立つ。
「こいつがさっさとしないからだろっ!」
「何怒ってんだよ。シャロ向こうでエイザ皇子が呼んでるぜ。」
「あぁ、この件についてだ。カル、この間渡した書類の中に、抜けてる部分があっただろ。」
「カルって呼ぶなっつってんだろ!あった!ありました!」
「カル!おまえなぁ。」
「あれの訂正版なんだが、ここにおまえの承諾がいるんだ。」
「は?そっちの手落ちだろ?なんで俺が後処理しなきゃいけねーんだよ。」
「カル!いい加減にしろよ。署名するだけだろ。」
「やだね。こいつの後処理なんてするもんか。」
「こいつっておまえ、兄に向かって!」
「俺のオニイチャンはシャルだけだ!」
シャルことシャチセルスと弟の言い争いを横目にシャルロットは書類を見て呟く。
「まいったな。署名してくれないとエイザに渡せない。」
それを聞いたカチカルスは大声で刃向かった。
「エイザエイザって。はっ。所詮、主を鞍替えしただけかよ!典型的なイヌ資質だな!」

ざわついていた広間が一瞬にして静まった。

「そう、主を鞍替えしただけだ。で、署名はどうしてもしないのか?」
静かな声で、シャルロットは続けた。
場が少し和らいだ。

「しねぇよ。おまえの尻拭いなぞする気もないね。バカじゃねーの?」
これだからやはりこの兄は嫌いだ。

「だとさ。エイザ、どうする?」
声を向けた方から、人が歩いてくる。
「仕方ないな。保留にしとくか?でも、早いほうがいいんだよな。」
「今日中が希望の一品だ。」
「カチカルス殿?署名していただけませんか?」
ハーン大帝国、皇帝代理が頭を下げる。

兄じゃない。兄じゃないが、兄が気に入るものならば気に障る。
「あなたまでイヌに成り下がる気か?こんな奴のためにあなたが頭を下げるのは
 バカみたいだと思いませんか?」
さっきよりかは幾分落ち着き払った声で言い放つ。

その瞬間、カチカルスの体が地面に叩きつけられた。
傍から見ていれば「吹っ飛んだ」と言うべきか。

「バカはおまえだ」
とその女はあっさりと言った。

女には有り得ない様な力で殴りつけたのは
レイ第七帝国、特将軍ラテン=ジュライだった。
右頬のがんがんする痛みに耐えながら
「なにしやがる!」
カチカルスは悪態をついた。
エイザ皇子の友人だか兄の友人だかは知らないが
こんな女に公衆の面前で殴られる覚えもいわれもない。

「さっきから聞いてりゃとんでもないお坊ちゃんだな。
 おまえの言動の一つ一つがキャルロスを背負ってることもわからないのか?
 それとも、タリア一族ではこれが当たり前なのかシャル?」

シャチセルスに疑問をかける。
「いや、そういうわけでは。」
勢いに負けてか、シャチセルスも慌てている。

「バカはおまえの方だ。おまえがどうしてそうまでシャロを毛嫌いするのかわからない。
 だけど、自分の陳腐なプライドだとか、そんなモノを護る為に、それ以上汚いことを
 口走るなら、もう一発殴らせてもらう。いいか?おまえはシャロに勝てない。シャロが
 持つものをおまえは持てない。そこで一生惨めになってたらどうだ?第一、おまえの
 物言いはイヌに失礼ってもんだ。頭を下げて何が悪い。ちゃんと礼の一つもできない
 奴はイヌ以下ってことになるな。それにしても比較されたイヌに失礼ってもんだ。」

ラテンは一気にまくし立てる。おそらく相当我慢していたのだろう。

結局、カチカルスは署名をして広間から出た。
会議に自分がいなくても、どうせ話はまとまるのだ。

誰もいない中広場で風にあたる。
右頬が痛い。それより、もっと違うものが痛かった。
ラテンの言葉が、頭を回っていた。

「おまえはシャロに勝てない」

あの女を殴り返してやりたかった。
「バカはおまえだ」
そんなこと、わかっている。
だけど、まだこのちっぽけなものを手放すことができずにいる。

そんなことは、わかっているんだ。
それでもまだ。シャルロットを「兄上」とは呼べない。

いつかこのちっぽけな「何か」を手放すことができたら
あの女を殴り返してやる。

そうしてカチカルスを外して会議は終了した。



---
(C)MizcocyUamo//未収録の本家サイト掲載分
見るも無残なブラコンと男尊女卑社会の中で苦汁をなめてる将軍の右ストレート。
JUGEMテーマ:自作小説


posted by uamo27 | 22:17 | 短編小説 | - | - |
「ひどく傷ついた歌と柔らかな髪 」
閉ざされていた視界がひらけた時、シャロの目の前にいたのは金髪碧眼の見知らぬ人であった。
「んー。僕のことが解るかなぁ?」
少し幼い口調で目の前の人物は言った。
誰だ、と尋ねようと思ったが、自分は口を開いてはいけないことを思い出した。
何かを声にすれば、また何かの痛みを得る。黙っていなくては。
シャロは霞む意識の中で、漠然と手足が軽いと感じた。
(無い…何も付いてない…)
眠いのとは少し違う。
何かが襲ってきてどうもうまく自分を保てないのだ。

意識が幾度か遠のいては、目を覚ますと必ず彼が目の前にいた。
はっきりと目を覚まそうとすると強制的な何かが働く。
まるで自分は目を覚ましてはいけないような。
ちらりちらりと印象に残る金色を闇がまた飲み込んだ。

誰かが呼んでいる。シャロは昔から知っている声だ、と思った。
誰の声だっただろうか。
少し高めのひどく中性的な知っている声、だ。
突如、シャロの頭に朱髪が浮かんだ。
そうだあれは。あの声は。
「ラン!」
目の前に、朱色。
「シャロ。私のことがわかる?」
よく知った顔。最後に見たのはいつだったか。
体が重い。鉛のようだ。
思い出す。こんなところにいては。
早く自分たちは逃げなくては。
「…!」
(逃げないと!)
声がうまくでないことに気が付く。
どうなったのだ。自分は。
「シャロ?私たちは保護されたの。シャロ?シャロ!!……!!!」
シャロは意識を保てなかった。
(手が軽い…ここは、どこ………)
ダメだ。知ってはダメだ。
自分は目を覚ましてはダメなのだ。

気が付くとシャロは座っていた。
いつからこうしているのか、壁に背をつけてもたれかかっていた。
ふっと俯いたまま、視野に入る左手と左足首を見た。
枷が、無い。
首を持ち上げようとしたが、身体は硬直したかのように動かなかった。
何が自分の身にあったのか、と初めて思いつく。
(キャルロス王がいて、確か将軍に蹴られて…それから…)
はっと、気付く。
ここにいてはいけない。
身体は全くといっていいほど動かなかった。
早く隠れなければ。捕まってしまうのだ。あれら無数の手に。
シャロは自分の意識がはっきりしてきたことを自覚しつつ恐れた。
幸い手足に枷が無い今なら。ここが檻の中でさえなければ逃れられる。
それでも意志とは裏腹に動けなかった。
恐怖が膨れ上がる。動け、と願う。
シャロは無自覚のまま無我夢中で叫んでいた。

手が伸びてきた。
シャロは噛み砕いてやろうと思った。
口を開けることぐらいならできるだろう。
まさに力を込めようとした瞬間に、ぐっと顎に手が伸びた。
(絞められる!)
幾度となく経験した恐怖。
しかし、手は絞めつけなかった。
ただ、顎を上に引いた。
左手足しか見えなかった視界に光が差した。
視線の先に、あの金髪の少年とも青年ともいえぬ人物がいた。
手は、その人のものだった。

「シャロ?タリア=シャルロット?自分のことがわかる?」
何をきくのかと、抗議しようにも声は出なかった。
シャロには何がおきたのか全くわからなかった。
ただ、見覚えの無い場所だ、と思った。
次はどこに連れてこられたのだ。
また、自分は他国に裸のまま転がっているのか。いや服は着ている?
頭が痛い。意識が霞む。もうどうにでもなればいい。
「ここはハーン大帝国。君はこの国に移籍されたんだ。」
シャロはその言葉を理解できないまま、ただ目をつむった。

意識が覚めることは幾度かあったが、
眠りから覚めたのは久々のような気がした。
シャロは全身がやはり動かないことを知った。
「あ…」
声もろくにでない。
視界にまたもや金色が入ってきた。
「シャルロット?」
目線が初めて合った気がした。
碧眼を持つその顔はひどく穏やかだった。
「ここはハーン大帝国。僕はエイザ。この国の皇子だよ。」
「シャロ!」ふいに馴染みのある声がして、見覚えのある顔が見えた。
「あ…ラ、ン?」
「解る?私のことが、解るのね?」
何を言っているのだ。同時期に生まれ共に育った者が解らないはずがない。
「自分の身に何が起きたか、どこまで把握できてる?」
「?」
シャロにはランが何を言っているのかわからなかった。
自分はランと共に、キャルロス王に献上されて…

何かが襲ってくるのを感じた。
隠れなければ。自分は、隠れなければ!
バシッっと音が鳴ったのが早いか左頬に痛みを感じたのが早いか。
痛みの後に二本の手が自分の上体を起こしたことだけがシャロにはわかった。
見慣れない部屋だった。
目の前にいる人物が、もう一度「僕はエイザ、この国の皇子だ」と名乗った。
背後にもう一人自分の背中を支えている者がいる。
「シャロ。」
声でランだ、とわかった。
「ここはハーン大帝国。それは解った?解ったら二回瞬き。」
それはさっきもきいたから知っている。二回、目を閉じて開く。
「君はこの国に移籍された。保護されたんだ。解る?」
「?」
結びつかない。まるで言語でないようだ。
「あのね。シャロ。私たちはこの国に保護されたの。」
ランが後ろから説明しているようだがいまいちつかめない。
「私たちが献上されてから、五年以上経っているのよ。
 そして、この国に保護されてから半年以上になるの。」
数秒間の沈黙があった。
五年?自分はついこの間王の前に向かったはずだ。
それに、こんな部屋は初めて見る。
「あ…?」
たまらず声を出した。わけが解らない。
「ずっと、正気じゃなかったの。でも、シャロここに来てからほとんど寝てないのよ。」
正気じゃなかった?
「何も考えなくていいよ。シャルロット?僕はエイザ。ここはハーン大帝国。
 これだけは次に目を覚ます時まで覚えておいて。ここは、誰も君を殴らない。」
視界が元の天井――だろう――に戻る。
(柔らかい)
布団だ、と初めて認識した。
目を閉じるのが怖い。
あの、闇の中で何をされるのかわからないから怖い。
ふと、額に何かが触れた。
温かい。これは、手、だ。
何度も頭をなでる手。
シャロは手に触ったことはいくらでもあるが、こんなに気持ちがいい手は初めてだ、と思った。
「シャルット?覚えておいて。ここは誰も君を殴ったりしないよ。ゆっくりおやすみ。」
ああ、あの声だ。幾度となく自分を呼び続けていた、正体不明だった声。
(エイザ…。ハーン大帝国の第三皇子……。)
確か、世継ぎ問題でもめていたような気がする。
遠い、遠い、まだ自分がキャルロスの城で笑い走り回っていた、遠い時。
そして、シャロはいつの間にか眠っていた。

---

「寝た、か?」
「寝たねぇ。」
「良かった…シャロだ…。シャロが戻ってきた。」
「面白かったなぁ。」
「何が?」
「ランが女の子の言葉でしゃべってるのが。」
「悪趣味…。シャロはこんな言葉遣いの俺は、知らない人、だからな。
 俺に言わせりゃ、おまえの『僕』てのがよほど面白いけどな。」
「それにしても、さすがタリア一族だねぇ。」
「?」
「ハーン語で通じるんだなーと思って。」
「そりゃあ、タリアとカルロ、どっちもお子様の一般教養だもんな。」
「リハビリは必須だけどね。半年間はまともに話せないと思うよ。」
「いいさ。とりあえず、シャロが『起きて』くれただけで。」
「正気じゃなかったもんねぇ。ま、これから先は長いしね。」
「おまえとシャロは気が合うと思うぜ?」
「そうかなぁ?俺は生まれ育ちが違うからちょっと心配。」

---

「目が覚めたらな、金色が見えたんだ。この金色が。」
「それで?」
「俺はこの温かい手に安堵した。」
「それであたしは兄上の代わりなのね。」
「違う。ただ、同じだと思ったのは事実だ。手も声も。」
「呆れた。立派に身代わりじゃない。」
「それでおまえは怒るか?」
「いいえ。エイザよりも優先してくれるなら文句は言わないわよ?
 ただ、あたしがその場にいたら何て言ったかしら?」
「決まってる。『ぐずぐずしてないでさっさと起きたら?』だ。」
「あはは。そうね。明日はそれで起こしてあげるわ。」
そうしてエリザは燭台の灯りを消した。


自分の袖をつかんだまますぐに寝入った男の額に触れ、そっと撫でる。
「大丈夫。もう誰もあなたを殴ったりしない。」


---
(C)MizcocyUamo//未収録の本家サイト掲載分
//メイン三人の出会い話でNeverBe4LOVERSの延長
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posted by uamo27 | 22:10 | 短編小説 | - | - |
「形にしないものと形にしすぎるもの」
「ラテンとパウロって仲悪いよなー。」
持っていた書類を乱暴に投げ出しながらランが言った。
名前を列挙された当の二人は黙々と書類に向かっていた。
「てかさあ。そんなに機嫌悪くするなら二人とも別の執務室に行けよ。」
うんざりしたようにランがそういうのも当然である。
ラテンに遅れてパウロが入ってきてから部屋には険悪な雰囲気が漂っていた。
「資料がここにしかないんだ。」
しょうがないだろ?とでも続くかのようにラテンが手を休めずに言った。
「そうでないならこんなところ出て行きますわ。」
ラテンがいるならーとでも続くのかパウロの声にはとげがある。
ランとエリザはため息をついた。

****************************

パウロのどこが嫌いか、と聞かれてもラテンには答えられない。
嫌い、というのにもまた誤解がある気がしていた。
嫌いというわけではない。
苦手、なのだ。

パウロはすぐに泣く。
厳しくすると駄々をこねるのだ。
シーアがゆっくりとなだめてようやく落ち着く。
だから、男勝りなラテンにはどうにも扱いが難しかった。
実際、同じ城で働き始めてからはやり辛くてしょうがない。
憎んでいるわけでも嫌っているわけでもないが癪に障るのだ。

****************************

「そこをどいてくださらない?」
小広間に入ろうとしたラテンは背後の声に振り返った。
「邪魔、ですわ。」
やや低い位置から見上げるようにしてパウロが睨んでいた。
「邪魔をしたくてここにいるわけじゃない。」
「そんなことは解りきってますわ。どいて、くださいませんこと?」
ランに同じことを言われたら素直にどくだろう。
引き下がるには癪に障った。普通にどいてといえないのか。
「入り口は一つといわず他にもあるが?」
しばし、沈黙が流れた。

「正当なパウロ一族に言葉の使い方も知らない将軍ですこと。」
「正当、ね。その昔カルロ一族とタリア一族に国を追われた一族が。」
「言葉を改められよ!わが一族を愚弄する気か!」
「出自不明の将軍風情が、とでも言いたそうだな。」
「その通りではないですの!」
ふっとラテンは一瞬視線を逸らして、パウロに向き直った。
不毛だ。こんな会話は無益どころか有害だ。
「パウロ。いい加減休戦にしないか。」
今はこんな言い争いをしている場合ではないのだ。
「あなたが態度を改めないからではありませんこと?」
パウロはそれでもなお突っかかる。
譲歩を見せても、ムキになる辺りが幼稚だとラテンは思う。
「そうですね。パウロ補佐官殿。どうぞお入りください。」
厭味でもなく、静かにラテンは足を引いた。
「初めからそうしてればよいものを。」
そうしてパウロは小広間へと入っていった。

褒めると全身で嬉しさを顕わにする。
叱れば大泣きをして駄々をこねる。
自分が優位でなくば気にくわず、我を通さねば収まらない。
まるで小さな子どものようだ。
軽蔑している者たちも多かった。
婚約者であるシーアとまったく釣り合いがとれていないと言われている。

うらやましい、のかもしれない。
素直に浅はかに誰かを下に見ては真っ直ぐ歩くパウロが。
ラテンにはそこまで通せる我も無かった。
出自が不明の自分の足許はひどく頼りない。
まして、男尊女卑の社会の中で、その地位は氷の上に立つよりも厳しいものだった。
妹以外に、確かと思えるものなど無い。
これは妬みだ、とラテンは自覚していた。

ガシャンと大きな音がして悲鳴が上がった。
小広間からだ、と気付けば足は向かっていた。
部屋に入ると数名を中心にして野次馬が取り巻いていた。
方々に散らばった物はパウロが投げつけた物のようだった。
パウロは顔をぐしゃぐしゃにして、泣きながらじっと男を見ていた。
名前はわからないが、他国の、同盟国ではない国の皇子のようだった。
「何があった?」
部屋は静かだった。
ラテンはパウロに歩み寄り、直に訊く。
本気で怒っている。
いつもの怒り方ではない。
「何か言われたのか?」
自分が怒らせたときでさえこんな顔はしないぞ、と思う。
「…が。カンザスのシーアはへたれ皇子だ、と。」
怒りで声がうまくでないのか、泣いているせいか。静かに言った。
「おまえ、何を根拠にそんなことを言った?」
ラテンが振り返り、目の前の男に問う。
笑っている。
「実際、カンザスのシーア皇子はたいしたことないだろ。
 まあ、この国の化け物皇子の友人って時点で終わってるけどな。」
ははは、と同じ国の服を着た者が数名笑った。
「大体、パウロ様が悪いんだぜ?偉そうに出て行けとかぬかすから。」
「正当な権利だろう。この部屋は他国の者を受け付けない。」
ラテンはきっぱりと言った。
「おまえたちだってハーン人じゃないだろーが。」
「よせって。こいつらキャルロス王国とカンザス大帝国と第七帝国の人質だろ?」
再び嘲笑があがった。ラテンはぐっとこらえた。
「キャルロス?あー、なるほどね。タリア=カチカルスの婚約者だっけー?」
「あいつもけっこう鼻持ちならないやつだよなー。お高くとまりやがって。」
我慢の限界だ。ラテンはすぅっと血の気が引くのが解った。
「タリア=カチカルスは関係ないでしょうっ!?」
先に声を上げたのはパウロだった。
「立派な一族が立派に振舞って何が悪いのよ!
 タリア一族もカルロ一族も生半可な教育じゃないんだからっ!!
 あんたたちとは鍛え方も出来も違うんだからっ!」
ラテンが何か言おうとした時、上から声が割って入った。

「今、誰かエイザのことを何か違う呼び方しなかった?」

****************************

パウロ一族はカルロ一族、タリア一族と因縁を持ち、
その昔キャルロス王国を追放されたとされている。
以来、パウロとタリア、カルロの間には決定的な確執がある。

「パウロが、タリア一族の次男であるカチカルスを庇うとはなー。」
弱いものをいたぶるように、異国の皇子をお仕置きしたランは満足げに言った。
パウロは執務室の椅子でぐっすりと寝ていた。
四人ぐらいがちょうどの手狭な執務室だ。
「私も驚いたわよ。」
熱いお茶をすすりながらエリザが笑う。ラテンはそこにはいなかった。

****************************

「だから嫌になるんだ。」
ラテンは静かに笑っていた。
「結局、パウロは俺じゃなくておまえを庇ったんだろ。
 パウロがおまえに向かって散々言うのは聞いたが、
 他のやつがおまえに手を出すと怒るんだよな。」
カチカルスが向かい合って座ったまま言った。
「なんだそれは。」
ラテンは久しぶりに会う婚約者に尋ねた。
「要するに、おまえ、子どものおもちゃのようなものなんだろ。
 飽きたら放っておくけど、他のやつがそれで遊ぶと怒り出す。」
「カル。」
言いすぎだ、と言おうとして言葉をさえぎられた。
「おまえも少しは泣いて駄々をこねたらどうだ。」
「?」
「パウロもおまえも、足して二で割ってみたらどうだ?」
そう言いながらカチカルスはラテンの左腕をつかんだ。
ふっとラテンは違和感を覚えた自分の腕を見て驚く。
「カル、これっ!あ?っと。」
どうにもまとまらない。
「何が欲しいか、どうしたいのかちゃんと意思表示しないから困る。
 一回パウロと大喧嘩してみろ。俺は兄上と思い切り派手にやらかした。
 何にも根拠がなくても確かなものだってある。だから真っ直ぐ歩いてみろ。」



自分ひとりになった部屋でラテンは動けずにいた。
「確かなものを形にしようとしてくれる人がいるんだよな。」
左手に光る婚約証の腕輪はきれいな緑色だった。
「よし。」
ラテンは立ち上がるとパウロの寝ている執務室に向かった。


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(C)MizcocyUamo//未収録の本家サイト掲載分//この二人はケンカするほど仲がいい。
JUGEMテーマ:自作小説


posted by uamo27 | 02:28 | 短編小説 | - | - |
「妻を持つ帝二人と結ばれた夫を持たぬ緑の女」
緑の一族は歴史には決して出てこない。
彼らはその操る魔法力の強さ、異質さゆえ、ある国の皇族に仕えてきたが、
公にはできぬことを生業とするため、彼らの歴史は紡がれない。
ただ、度々その国の歴史に不可解な点があり、いかなる研究者にも解くことができない。
その一族は今も各国の城内を回り、取引をする。
彼らは歴史の裏側に確かに現存し、多くの歴史を翻す。
そして、彼らの姿を見たものは国内外問わずごく僅かであり
その事実が生業が何であるかを物語っているのである。



「美しい目だ」
そう言ったのは青年期が長いこの世界でも、老齢に入る年頃の男。
外見も既に青年とはいえない。それは死期が近いことを示していた。
かつての黒宝石と呼ばれた髪もだいぶ薄くなり、黒い瞳も決して若くはなかった。
それでも、その若干深みのある声も、吸い込まれそうな深い黒も、美しい。
少なくとも、女にとってはそうだった。
「禍々しい色、ですわ」
「緑は自然界から外せぬ色彩だ」
上半身だけを起こし寝台の上にいる男が、自分の目線より下にある女の頭をなでた。
「確かに。けれど、人には触れぬ色彩だと思っております故」
「頑なに拒むか?己の一族を」
男は静かに笑っていた。その顔はどこか年長者の威厳を持っている。
「このような身であればこそ、私は、…いえ…」
女は寝台に頭を預け、床に座り込んでいた。
言葉は途切れた。

-----------------------------------------------------

「陛下の意志をお守りください」
黒髪をきっちりと結わえ、毅然とした態度で女は相手を見ていた。
相手は緑の髪に緑の瞳。他には見ない、その色彩。
「私にお前が頼む、と?」
女の声が響いた。外から騒ぎ立てる声がする。猶予はなかった。
「私にはなんの力もありません。魔法も使えません。
 しかし、私は自分ができる限りのことをしなくてはなりません。
 あなたに頼むことが最大限できることです」
その声ははっきりしていた。覚悟の強さと比例しているかのように。
窓の外は赤い色を映していた。夕暮れでもない時分、不気味な色。
多くの声が飛び交っては、消えていった。
「私は、おまえの夫と通じている身。その女に頼むと?」
緑の女はどこか自虐的に見えた。
沈黙があった。それは数秒間の、けれど夜よりも長い、沈黙という会話だった。
「よき夫です。よき陛下です。私を慈しみ支えてくださいました。
 私の行動を許し、私の基準を見定め取り計らってくださいました。
 私との子供を心から愛し、私に常に笑顔をくださった。
 陛下はあなたと通じたことを曝し私に許しを請いました。
 そして許しを与えなかった。…あなたを憎んだ」

(―――――それは当然だ)
緑の女は胸中で呟いた。
これは相手の懺悔ではなく、紛れもなく自分の罪を暴く言葉なのだから。
「けれど、いつからか疑問を感じました。違和感と呼ぶべきでしょうか。
 私は陛下を支えることも、陛下の基準を見定めることも適いません。
 あなたは、違う。陛下を愛し、支え続けてきた…守られるだけの私とは違う
 罪は本当にあなたや陛下に有るのでしょうか……」
「少なくとも、密通は罪だな。太古より浮気も罪だぞ」
「法で裁くのであれば、それは確かに罪です。あなたが、罪人です。
 けれど、私が私の考えで裁く限りあなたは陛下を救った。
 無知であり、お飾りである私に代わり、"私"と陛下の体裁を繕ってきた。
 あなたは決して、私を責めず陛下もまた私を責めなかった。
 陛下は幾度となく私に機会を与えてくださった。私はいつも無知でそれを受け流した。
 民から叩かれるべきである私は、しかしその声を浴びなかった。そう。
 あなたが全てを偽ってきたからです」

「いい言葉で、言うべきじゃない。私は咎人だ。罪を持つ。
 あなたを貶め、陛下を奪った。それが事実だ」
音がすぐ近くで鳴った。敵は、近い。
「私にその権限も裁量もありませんが、あなたと陛下の罪を許します。お守りください」
后は目を逸らさなかった。
「陛下の意志が理解できてるのか?」
「…正直、存じません。しかし、陛下の道の上で妻として死ねるなら本望です」
緑の女はかつて、こんな后の姿を見たことがなかった。
そして一度窓の外を眺めてから答えた。
「いいだろう。どうせ、私は陛下の捨て駒の身分だ」


決して白には混ざらない銀色の髪が男の背を流れる。
正装の重い服を着込み、彼は待っていた。
「覚悟は決まったか?」
男は背後に問いかけた。緑の女は後ろにいた。
優しく笑うその男が、笑いながらでも必要であれば見殺しにすることを知っていた。
柔らかく、おっとりと豪胆な性格。勝気に見えない頑固一徹。
彼女はその全てが愛しかった。
「…妻に言わないのか?」
疑問に対して別の疑問を返す。
「ナノには母親が必要だ」
辻褄の合わない会話も全てが彼ら男女の符丁だった。
「お前の意志を守れといわれた」
「あれは、私の慈しみに対し愛で返してくれた」
「ただ、それが、その愛がずれていた?」
「それは、あれの罪ではない。むしろ私の傲慢というものだ」
城内で激しい音が響き、耳障りな音も混じる。

「覚えていてくれるか。私との全てを」
女は答えなかった。
「一緒に死ぬような、バカでないおまえが好きだよ」
女は泣いていた。
「おまえに手を差し伸べる彼に愛を与えなさい。
 そしておまえらしく在るなら、もう私はこれ以上の先は要らない」
背を向けたままの男を強く抱きしめながら、彼女は初めて嗚咽をあげて泣いていた。
これからの未来に彼がいない確信を持って、その正装姿がひどく悲しかった。

-----------------------------------------------------

「会いたいか?」
寝台から問いかけが来た。
「あなたもまた、私を置いて逝ってしまわれる
 私があの人を見殺しにした罪を知る者がいなくなりますわ」

遠くで音がする。おそらくはこの国の皇子が暴れているのだろう。
「陛下の意志、だったのだろう?自らが死ぬことで終わらせることこそが」
「私の意志は、どこにもない」
「いいや。おまえは彼の言葉どおり私のもとに留まった。彼こそがお前の意志だったのだろうよ」
「あなたはそれでもいいと仰った…私の心はここにはありませぬ」
「歳をとって、先が心配な若いものを見守りたいと思ったのだよ。
 おまえは所在を決めず飛びまわる蝶々のようだからな」
男は声をあげて笑っていた。その声を聞きながら、女は眠り始めた。

「あの男は、賢く狡い。あの若さで私の想いを利用しておまえを託したのだから」
だが、それも悪くはない。自分はこうして桁違いで歳が違う少女と共に時間を過ごせた。
少女の傷を理解し、その羽根を繕うことができた。
自分は初めから切羽詰るような若い恋心ではなかったのだから。
先に逝った若き彼もまた、確かに自分の友人と呼べる存在だったのだから。
寝息をたてはじめた少女の頬をつつく。時間が緩やかに流れていた。

-----------------------------------------------------

夫を失い生き残った妻は、その真意に嘆き、その境遇に嘆きながらも闘い続け
己の子供に全てを告げて、この世を去った。
その言葉の一切に、緑の女に対する憎しみの念は含まれていなかった。
ナノは自分の父親が二股をかけていたことを知っている。
そうして、なぜ女を二人ともおいて死に逝くことになったのかも。
滅んだ国の名残がナノに歴史を叩きつける。
己に流れる血筋までもが、不具合を生じる。

「ナノ様!本当にあの捨て子を引き取るつもりですか!!?」
「だから?」
「女ですぞ!役に立たぬ!」
「ならば殺せと?」
「身元がわからぬ二人もの子供を城内へ連れ込むなどと!」
「責は俺が負う。二人ともここへつれて来い」

「名前は言えるか?」
「レイティンとケウネ」
「ここには俺しか居いない。本名は?話しやすい言葉で話してごらん」
「……Latein…und Keune」

これも何かの縁だ。ナノはそう思う。
門の前に捨てられていた二人の子供。
話に聞くだけの一族の子供が、目の前にいる。
身元がわかるわけがない。もう滅んだ国のお抱えの一族だ。
両親が誰であるかは不明だ。
ただ、自分の父が愛した一族の子供ならば、面倒を抱えてみよう。


ラテンとコイネ、髪と目が美しい緑色である二人の姉妹が、
自身たちは知らずとも、公の歴史に名を残した最初で最後の緑の一族である。

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(C)MizcocyUamo//未収録の本家サイト掲載分//かなり古い上に本編のネタバレ的。
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posted by uamo27 | 02:23 | 短編小説 | - | - |
「次女はやがて両目を棄てて歴史を語るカナリヤ」
「姉さん。どうして解ってくれないの?」
涙声で弟は姉に言った。
両手を硬く握り締めて、唇を噛み締めていた。
強く強く、手のひらに爪が食い込むほどに、唇から血が滲むほどに。
その弟を前にした姉は頭一つ分目線の違う弟に言った。
「私は、あなたの人形ではないの。ましてあなたの所有物ではないわ。」
声は低く、されど女の細い声。
弟にはその声はどんな太い声よりも高い声よりも響いた。
なにか鈍器で殴られたような響き。
薄暗くなり始めた城の一室で、廊下が騒がしいことなど嘘のように
二人がいる空間は重たく静かだった。

あらゆるものを捧げて手に入るなら、弟は全てのものを捨てるつもりだった。
他のものなど匹敵するはずも無く、抜きんでて欲しかった。
力ずくで押し倒せば手に入るかもしれない。
弟は、姉が欲しかった。その心が愛しかった。
きつく寝台に押し付けた姉の細い腕は折れそうなほど弱く、弟は握り締めた。
もはや理性の淵にいない弟を、姉は真っ直ぐに見つめてなされるがまま身を任せた。
もとより抗えるほど、対等な力ではなかった。それは姉と弟の差というよりは男女の差。
弟は理性を捨てて、姉を欲しがった。


弟が得たものは空虚。
抱きしめれば抱きしめるほど、
目の前にいる女が自分の物ではないことを実感した。
姉は一度たりとも自分から弟には触れようとしなかった。
ただ姉は、いつも弟の端正な顔を真っ直ぐに見つめていた。
同じ赤い髪が触れては混ざり合い、そして再び分離する。
決して、この赤い髪が溶け合うことはないのだと姉は弟に気づいて欲しかった。

弟はやがて苛立ち、自分の物と信じて疑いたくもないのに
いつまでも手にした実感が得られないことに、その憎悪を深めた。
姉をたたいては、その傷ついた顔が愛しく
いつか自分に縋りついて来る日をと、その衝動は激しくなった。


「俺が移籍だって?冗談じゃない!」
愛しい女の部屋に飛び込んだ弟は、かつてないほど激しく強く怒りを見せた。
唯一つ、その日の事情がいつもと違っていたのは、姉が黙っていなかったということ。
「移籍よ。決定権は私にある。」
蓄積された姉への苛立ちと憎悪。堆積していった弟への哀れみ。
柔らかく大人しい姉は、もはや揺るぎようもないほど強く構えて弟に向かった。
激しい罵声と、静かな口論。
それはケンカでさえなく、争いにもなっていないほどのすれ違い。
「姉さん。どうして解ってくれないの?」

欲しかったのは姉の心。
欲しがったのは自分への降伏。
一方的な愛を語り、自分の心が大事な弟は姉を踏みにじる。
「私はあなたも妹も大切で好きよ。けれど、あなたに応えるものはない。」
それは柔らかな、断固たる拒絶。
姉への愛情は、とっくの昔に狂気に代わり
弟への慈しみは、寝台の中で静かな別離へと導いた。

どこでこんな風になってしまったのか。
弟が他国へと移籍になり、姉は取り戻された平穏の中湧き上がる感情を知る。
それは幼き日に大切だったものを権力というもので完全に切り離してしまった重さ。
いつも傍にいた弟の優しい笑顔とその真っ直ぐな情熱。
二度と手にできない、強制排除してしまった温もり。
姉は自分の何かがぎちぎちと音を立てて軋み始めていることを自覚した。


久しぶりに対面した姉弟は、昔のようにはいかず。
姉は弟を切り離した苦痛を新たに得ては、そこにあったのはなぜか後悔と懺悔。
弟が向けたのは激しい憎悪と愛情から成った狂気。

「私は、ただ見ていたの。知っていたのに止めることもなく。
 ただ、見ていたの。姉さんが壊れていく様も、あの子が憎む姿も。
 本当なら仲良くつなげるはずの二人の手を、私が振り払って切ってしまった。
 橋渡しは私にしかできないことだったのに。ただ見ているだけで。」


やがて姉は静かに壊れ始め、弟は静かに狂気を姉へと向けて、
異変に気づき、周囲が目にしたものは見るも無残な姉弟の屍。
凶器を手にした弟は涙を流し、身体から離れた姉の首は静かに笑い
自然に寄り添い、仲のいい姉弟、昔のまま。


「ようやくパウロはカルロを手に入れた。そして私は二人を失うのね。」

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「くぁー!!すっげーむかつく!」
「誰が?」
「当然、この腐れパウロがだ。なーにが姉さんが好き、だ!」
「でも、私にしてみればカルロも相当いい性格だと思いますけど?」
「私はタリアが一番嫌いだな。要するに次女が仲裁すればよかったんだろう?」
「さすがラテン様ね。そんなに簡単にいくわけありませんわ。だいたいカルロも抵抗すればいいのに」
「コラコラ。ここでおまえらがケンカしてどうする。で?シャロ?どういうことだ?
 なんでこの三姉弟の名前が一族それぞれの姓になったかは書かれてないぞ?」
「これは偽物の[世界白書]。どこかにオリジナルの本物があるとか」
「偽物ですの?」
「そう。生き残ったタリアが書いた原本には、もっと正確に歴史が書かれているそうだ。」
「じゃあ、内容も偽物ってこと?」
「というよりも要約らしい。実際は移籍ではなく行政の追放処分だったとか、そういう違いだな。」
「ま、どうでもいいけどなー。俺はカルロ一族に捨てられた側だし。」
緩やかな午後、ハーン大帝国城の広間は久しぶりに集った仲間たちで賑わっていた。



「で、疑問に思わないのが不思議だよねえ。どうしてあの世界白書が偽者だってわかるのか。
 真偽なんて比較対照がないと解らないことなのにねぇ」
広間の上方で会話を聞いていた皇子はぼそりと呟き、古びれた本をパタンと閉じた。
著者はカナリヤ。表題も何もないその本は、キャルロス王国の歴史の裏側を克明に記していた。


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(C)MizcocyUamo//未収録の本家サイト掲載分//かなり古い。
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posted by uamo27 | 02:20 | 短編小説 | - | - |
「飴が欲しいといえず手に入らない皇子と欲しくないのに手に入れる皇子 」
不気味だ、とラテンは思う。
カンザス大帝国、第一皇子シーア=カンザス。
常に何かを弾くような笑顔で、その雰囲気には何も近づけない。
ラテンにはひどく苦手な相手であった。

*****************************
バカを見ないようにしてきた。
自分が痛い目にあうのは嫌だったから失敗を恐れた。
第一皇子としての勤めを果たそうとしてきた。
完璧であれば誇りが持てる気がした。
非の打ち所が無ければ未来は輝く気がした。


「それってさぁ、全てを見下してるよねぇ?」


どこかの皇子が言った。
違う。
自分は誰も見下してなどいない。
自分が誇り高くあることの何がいけないのか。
おまえに何が解る。
俺はおまえと違って悪いことは何もしてない。

******************************
可哀相だ、と思う。
呪縛のような、いっそ呪いか。
まとわりついては彼を引きずりこもうとしている。

自分の言葉は彼に届かないだろう。
届かなくてもいい、と思う。
それほどまでには自分も慈悲深い存在でない。

ただ、可哀相なのだ。
足掻くにも手放しになればよいのに、と。
何かを結びつけては別の場所がほつれ始める。
ならばいっそ切り捨ててみてはどうか。

彼が積み上げてきた居城が、ひどく脆い物であることが哀しい。
彼が結ぶのをやめてしまえば、一瞬で彼の居所はなくなるのだ。
せめて、不動の拠点を築くならば、
何を傷つけても代価があるだろう。
彼は空虚なもののために膨大なものを払っているのだ。


それがエイザには痛いほどよく解る。

「シーア。いつまで君は国を相手におままごとを続けるの?」

相手が大きすぎるよシーア。
君一人で背負いきれるモノじゃないんだ。
国の中身は空っぽだ。
常に移り変わる、架空の生き物なんだよシーア。

**********************************
シーアとエイザの婚約者であるラン=カルロは、実はよく似ている。
少なくともラテンはそう感じていた。
印象がだいぶ違い、
人懐っこいランと近寄り難いシーアは対極のように見えるが
実際はよく似ているのではないか。

大きなモノを相手に無謀な戦いを挑む。
報われなくても、自分を犠牲にしてでも挑む。
それが何のためであるか、そんなことよりも
自分がやらなければ、という責任感か。


報われなくて
痛い目にあっても
何も切り捨てることができない様は
ひどく滑稽だが美しい。
シーアがどれだけ呪縛から逃れたくても
何一つ無下にできない様は見ていて痛々しい。

おそらくどこか螺子の外れたエイザの、
唯一つ愛するものがそれなのだ。
見返りを求めない愛か。
違う。
見返りを求めても手に入らないと解っていても
嫌でも、なぜか飛び込んでしまう矛盾性だ。

完璧になりたい、しかし人間味溢れるシーアと
人間離れした完璧な皇子エイザ。

エイザは他人がどんな感情を抱きどう思うかを
読み取る力に長けている。
しかし、自分がそう感じるという常識を持っていないのだ。

色違いの飴が様々に散らばっていて
誰もが欲しがる物である事は知っている。
ほとんどの人がその色にまでこだわることも知っている。
さらには大体誰がどの色の飴を欲しがるかの見当もつく。
しかし、なぜみんなが欲しがるかの理由までわかっていながら
肝心の 欲しい という部分が欠落しているのだ。

シーアは逆に自分が欲しくてたまらないのに
欲しくないフリをしなくてはならないと思ってしまう。
シーアには誰がどの飴を欲しがるかなどは一切解らない。
誰もに飴が行き渡った後で、
俺はこの色が欲しかったと笑って見せるのだ。
どこか胸にしこりを残しながら。

エイザは求めることも特に持たないが
おそらくシーアのその部分に焦がれるのだ。
ラテンはそういう結論を出している。
それでも自分は苦手なのだ。
胸にしこりが残るくらいなら欲しいと言えばいいのに、と思ってしまう。

**************************************
「ランはどう思う?」
「結局な。あの二人、すげぇ仲いいんだって。
 欲しいって言えないシーアがエイザは好きなんだよ。
 んで、シーアは欲しいとも言わず、欲しいとも思わないエイザを羨ましがってんだよ。
 でもな、何か二人で策略を企てる時はそこがマッチするんだ。
 だってあいつら要するに二人とも腹黒い嘘つき皇子なんだぜ?
 シーアはおまえの言ったとおりだけど、エイザもなぁ。
 ”エイザ様、この飴いりませんか?レア物なんですよ”とか言われたら
 ”これ食べてみたかったんだーありがとう。”って笑って言うんだぜ。
 本当は全然そんなこと思ってねーのに。
 エイザの人間味は全部作り物。シーアの完璧さは全部演技。な?」




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(C)MizcocyUamo//未収録の本家サイト掲載分
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posted by uamo27 | 02:12 | 短編小説 | - | - |
「飴玉二つはわたくしのわがまま」
第一皇子だから、自分はしっかりするべきなんだとシーアは自覚していた。
この巨大な帝国、カンザスの責任ある立場なのだから完璧でなければと。
がっちりとした体格だって、武術に長けていなければいけないと思って鍛えたからだし
茶色い髪が短いのだって邪魔になるから切った。
服装だっていつも、きちんとしていたし、今日できることは今日やってしまうのが信条だった。

「パウロ一族本家第一子、パウロ=パウロです。本日よりこちらにて仕えさせていただきます」
少し高めのふわっとした柔らかい声が耳に心地よかった。薄い水色の肩までの髪が、美しかった。
「第一皇子、シーア=カンザスだ。わからないことがあればヴェスタ辺りにきくといい」
敬礼したまま、はい、と小さく答えた少女は緊張しているようだった。
「そんなにかしこまらなくてもいい。俺はそういうこと、気にしないタチなんだ」
ふっと顔をあげて少女は少し笑った。

「パウロ様!なりません!」
客人を迎えるべき中央の巨大な部屋は、騒がしかった。
「何事だっ!」
外交を担うのが皇帝の役目ならば、城内の統括が第一皇子の役目だった。
皇子の声に場はとりあえず静まった。
少女は目を真っ赤にして全身で泣いていた。
その向かいには城内の若年者が集う研究室の若き女室長がいた。
二人の服装が乱れているところを見ると、つかみ合いになったらしい。
(またか)
パウロが騒ぎを起こすのはこれが一度目じゃない。
「何があったか、初めから見ていた者が説明してくれ」

話を聞けば、若き室長の発言が原因だったらしい。
自分たちが苦労して城に上がったものを、パウロ一族というだけで城入りするのはずるい、と。
もちろん本人に言ったわけではなく、室内で仲間たちと話しているのを偶然パウロが耳にしたのだと。
「とにかく皆、仕事に戻れ。ヴェルテス。その言い分はわかるがまた後日だ。パウロは別室に来い」
ざわめきながらも野次馬は散り、ヴェルテスも仲間に連れられ研究室へ戻った。

*****************************

「パウロ。もう少し我慢できないか?」
青年期が長く、年齢の差をあまり感じないとはいってもパウロはシーアよりも確実に年下だった。
兄が妹をたしなめるように、言った。
少女はこらえられない嗚咽を止めようと必死になっているようだった。
「ヴェルテスの意見は、多くのものが感じていることだし、前からある意見だ。」
子供を諭すようにパウロに言う。
「な…にを、が、まん、す……るべ、きだと、おっしゃ…る?」
切れ切れになりながらも、パウロは真っ直ぐシーアを見ながら言った。
「少し腹が立ったからって、毎回こんな騒ぎを起こしていたら
 うまくいかないものもうまくいかないし、相手の意見をちゃんと聞くって事は大事なことだ」
「我慢、すれば、あの人、たちの、意見が、変わると?」
「言い方ややり方は他にもあるだろう。あんな、やり方はダメだ」
パウロにしてみれば、自分が仕えるべき皇子からたしなめられることはとても不快だった。
「他の、他の言い方で変わるような方々なら、あのようなやり方はしませんわ」
「パウロ。今月に入って何回目だ?おまえのことが嫌で配置換えをしてくれと言われることも多いんだぞ」
「だったら、配置換えをして差し上げれば宜しいのではないですか?」
「パウロ!そういう問題じゃないだろ!」
シーアだって忙しい。少女にばかり時間を費やしているわけにもいかない。
「そういう問題でしょ?!」
堰を切ったように、パウロはまくし立てた。

「なによ、それ。好きでこの国にいるわけじゃないわ!
 もともとはキャルロス王国の民だし、受け入れるといったのはかつてのこの国の皇帝でしょ?
 何をしたって言うの?我慢なんてかっこつけてるだけじゃない。言わなきゃ言われ続けるのよ?
 我慢しろ?冗談じゃないわ。不満があるなら私に直接言えばいいじゃない。そうしたら私だって
 つかみかかったりはしないわよ。嫉妬や羨望に付き合って不快になるのは嫌よ。
 叱られるより、怒られるより、怖いものだってあるでしょ?怖いものに牙をむいて何が悪いの!」


パウロに自分の部屋での謹慎を言い渡し、通常公務を終えてシーアは自室に戻った。
昼間の少女の言葉が頭を駆け回っていた。
完璧でなければならない。そう思い続けてきたシーアにとって、叱られることは怖いことだった。
それよりも怖いことなんてない。
「我慢なんてかっこつけてるだけじゃない」
少女の柔らかくも高い声が、どこか胸に痛かった。


「ヴェスタ。パウロどこに行ったか知らないか?」
謹慎も解けて、パウロは相変わらずどこそこで騒ぎを起こしていた。
「パウロ様なら第八研究室ですよ」
「は?」
「だから、第八研究室で、ヴェルテス様と研究に没頭してますよ。今日はパウロ様は休日ですから」
ヴェスタは笑っていた。

第八研究室は賑やかだった。
「だーかーらーその結果はおかしいと思いませんこと?」
「違うって。あたしの筋どおりに決まってるってば」
「あれ?二人とも違うんじゃなーい?ここ見てよホラ」
「あ。シーア様だ」
入り口に立っていたシーアに気づいて一人が歩いてきた。
「パウロ様に御用ですか?」
「いや、用ってわけじゃ…何してるんだ?」
「パウロ様が資料をご本家から持ってきてくださったんですよ。
 ここの図書室は第一とか別の研究室の人たちが占領してるから」
「楽し、そうだな…」
「ええ!……?シーア様?どうしたんですか?」
「いや、なんでもないんだ。ちょっと脱力しただけ」

そんなのずるい。言いたいことを言っても、ぶち当たっても、後で笑い合えるなんてずるい。
あんなの自分にはできない真似だと、シーアは実感していた。
どこか、パウロには一生勝てないような気がした。

*****************************

「子供ってねぇ。融通利かないのに、大人は癒されることあるよね。
 なんていうか、理屈じゃない分、豊かなんだよねぇ」
「で?それが、婚約した理由ってこと?」
「パウロの価値、か」

他国の皇子とその仲間に散々言われ、シーアは笑った。
「喧嘩するのも怖くて逃げ出す俺には、あれぐらいでいいんだ。
 たまに、俺よりあいつのほうが賢くて正攻法なんじゃないかって思うよ」

第一皇子だから、自分はしっかりしておこう。少女を守っていけるように。
髪は長いほうが好きだって言うから、伸ばすことにした。
今日できることは今日やってしまうのが信条だったけど、少し手を抜くことを覚えた。
わがままで幼稚で、と周囲は散々言うけど、少女に友達が多いのは一目瞭然だし
自分が我慢する分、あれぐらいがいい。奔放で好き勝手なのがいい。
ぶつかって、克服していける柔軟さが自分にはないから、パウロがいい。


「え?婚約した理由?そうですわねぇ。私、シーアはバカだと思いますの。
 欲しい飴玉一つ、欲しいといえない、いわないバカだから
 あの人の分まで私が最初に二個取っておくの。
 それが 私の我がまま、ということでいいんですの」




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posted by uamo27 | 02:10 | 短編小説 | - | - |
ex.「依って寄って拠って」
「この一度きりの人生じゃ、俺は俺を認められない」
要らない。
誰が自分を欲して求めて必要としても、自分は自分が要らない。

「わかってるよ。今更それを口に出さなくても」
その声の主の近くで、静かな声が鳴った。
紫色の目が、真っ直ぐみていた。

くすんだ金の髪が揺れる。
薄紫の硬い髪が柔らかな髪と混じる。

「もしも、もしも、ね?」
これは甘えだ。
幾度となく血を流した腕が、力任せに相手をつかむ。
自分は要らない。けれど、この相手はどうしても要る。
もしこの相手がいないなら、今すぐにでも自分は消えてしまえばいい。

「いつだって俺は付き合うよ」
深い声がすぐ上から降る。
喉仏の傍でその温もりに目を細めた。
放さないで離れないで、話し続けて。






もしも、二度目があるのなら
自分を許して、連なるものを全て許して、
そしてどうかその時は。

この温もりが傍にありますようにと、第三皇子は祈り眠った。


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posted by uamo27 | 00:58 | 短編小説 | comments(0) | - |
あけおめの祈り。
「あーけましておめでとう!」

突然の言葉に二人---ランとシャルロットは手を止めた。
声の主のほうを見て、すぐに視線を戻した。

「あ。ひどーい!二人とも無視したー!!」
きゃらきゃらと笑いながら皇子様は二人が向かう机に歩み寄った。


「何の話だそれは」
シャルロットことシャロが書類に向かったままで問う。
「古きキャルロスは日を定めて年を越えたんだって。
 そのときの挨拶文」

皇子様は机に座る。

「今で言う 制定の大議 の慣例文みたいなもんか?」
ランも顔を上げずに会話に加わる。

「そうだねぇ」
「で?エイザ。やること無いなら手伝ったらどうだ」
「そうそう。俺たちがどんだけ苦労してると思ってんの」
「んま!なんの感動の無い人たちね!
 あけましておめでとうにはねぇ、
 ものすごく深い祈りがこめられてるんだよー?」
「はいはい」


二人は黙々と作業を続け、エイザは一人机に座り窓の外を眺める。


年を一緒に越える。
おめでとうには その嬉しさとこれからの歓びへの期待を籠めて。
幾年が過ぎても、互いにこの言葉を言えたらいい。


「よしおわりっ!」
「やっと終わったな…」
「あとはそろえてベルベールに渡しに行くだけだな」
「だな。今だったら広間にいるかな」

二人は立ち上がる。

「んじゃ、ちょっと持っていってくるわ」
「少し時間がかかるがここで待っとくか?」
「ん?んん。ここで待っとこうかなぁ。夕日きれいだし」
「そ。じゃ、いこーぜシャロ」

そして二人は扉に向かう。
「あ。」
ランが声を上げて立ち止まる。
シャロも合わせて動きを止めた。

「なぁに?忘れものー?やーいばーか!」
エイザが笑いながら遠くを見たまま尋ねる。


「そ。忘れもの」
ランが机に向かう。
机に座るエイザの背中に、ランの重さ。
「あけまして、おめでとうをお前に」


驚くエイザからするりと離れて
ランは出口に向かう。
待っていたシャロが付け足した。
「いつまでも一緒に年を越せますようにって祈りを籠めて、な」


二人の足音が遠ざかる。


「っちぇ。俺の負けー」
机にそのまま大の字になり、皇子様は狭い部屋で一人呟く。
夕日が柔らかく降り注ぐ。
その顔にふざけた笑顔は無くエイザは静かに目を瞑る。


どうかこの幸せが また次のその言葉まで。


祈りながら皇子様は二人の帰りを待っていた。
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posted by uamo27 | 00:51 | 短編小説 | comments(0) | - |